
庭の木々に遠くの山並み、籠れる離れまで
いくつもの景色や居場所がある家
ふらっと入ったお店の内装に魅了され
手掛けた建築家に自邸を依頼
Uさん夫妻が、田中さんに家づくりを依頼するに至ったのには、あるお店との運命的な出会いがあった。もともと、京都市内や旅先でおしゃれなカフェや雑貨店を巡ることが好きだったというお2人。あるとき、奥様がたまたま訪れた大阪箕面にあるいなり店「季節といなり 豆椿」の内装や雰囲気・空気感に魅了され、店主に「このお店を手掛けたのはどなたですか?住宅も手掛けていらっしゃいますか?」と尋ねたという。
「そんな話を豆椿さんから聞き、気に入ってもらえて嬉しいなと思っていたら、すぐにUさんからメールが届いて驚きました」と田中さん。
出会った建物の内外装や雰囲気に魅せられ「素敵だな」「自分もこんなところに住みたい」と感じたことは誰しもあることだろう。しかし、実際に誰が手掛けたのかを尋ね、連絡をとり、実際に依頼をするまでに至った人は極わずかに違いない。そうしたいと思わせるほどに、田中さんがつくりだす作品には、人々を惹きつけて離さない魅力があるのだ。
要望をただそのまま叶えるのではない
施主よりも施主のことを考える
建築家にとって最も重要な仕事の1つに「施主の真の望みをいかに的確に捉えるか」がある。施主が提示する「あれがほしい」「こうしたい」という要望をただ取り入れることが建築家の仕事ではない。そもそも要望をなかなか言葉にできない施主もいるし、施主に言われた通りに叶えることが、必ずしも望んでいた結果となるわけではないのだ。いかに施主の真の望みを汲み取り、咀嚼し、破綻しないよう建築に落とし込むかが、建築家の腕の見せ所の1つ。
建築家により、汲み取り方は千差万別だが、田中さんは密な対話を通じて探っていくという。
「たくさんお話を聞いたり、好きなモノの写真を見せてもらったり、時には自宅を訪れてモノの多さや好きなテイストを掴むこともあります。『話しやすいと』言われることも多いので、コミュニケーションの中から本音を引き出せることもあるのかもしれません」と田中さん。
対話の中から浮かび上がってきたのは「平屋で生活しやすい動線」「黒い外壁」「東側の山並みが見える場所」「遊び心ある離れ的な空間」「祖父母の残してくれたアンティーク家具を置きたい」などというものだった。
「叶えるべき要望はあるものの、広い土地だったのでいかようにもでき、逆に選択肢の多さに悩みました」と田中さん。田中さんのキャリアの中でもたくさん考えた案件の1つとなったという。
家の中にいくつもの居場所が
街に出なくても家が楽しい
住宅街を歩いていくと、緩やかな勾配の切妻屋根がかかり、黒焼杉の外壁が美しいU邸が見えてくる。新築でありながらもどこか懐かしさを感じる、京都という街に相応しい佇まいだ。
「黒い塀がいい」というリクエストに応えたものだが、素材の指定はなく、サイディングの壁でも黒は叶えられると思うが、田中さんは「好きなカフェの写真を見せていただいたところ、お2人は自然素材がお好きそうで、経年の質感の変化も楽しんでいただけると思い黒焼杉を提案しました」と語る。
軒下のガレージ部分を通り玄関を入ると、視線の先に明るい空間が見える。ここは玄関室でもありリビングの一角でもある中間領域。玄関室という閉ざされた空間でもなく、いきなりリビングでもない。上部では繋がっているものの玄関収納でリビングが丸見えにならないことで、プライバシーも程よく確保されている。
リビングに進むと、広々とした大空間が現れる。視線の先には大きな開口が設けられ、庭の木々の緑が出迎えてくれる。この抜群の開放感は、リビング上部は屋根が片流れ状になっており、1つの空間に高いところと低いところが存在し、空間にメリハリがあるからなのかもしれない。リビングの低い部分には、田中さんが手掛けたソファがあり、高い部分の1階はキッチン、その上部がワークスペースとなっている。
ワークスペースへ向かう階段は、天井から降りてきた丸棒で釣られているような宙に浮くようなデザインだ。丸棒を掴むことで手すりの役割も果たし、リビング側に落ちないフェンスにもなる実用性も持ち合わせている。実はこのデザイン、元々ここにあった祖父母 の家にあったという縦格子がヒントになっているという。祖父母 から受け継いだ土地に建つ新しい家に元の家の要素が加わり、奥様もさぞ喜んだことだろう。階段1つのデザインに、これまで見たことのない新規性を持たせただけでなく、実用性や想い出までも詰め込んだ田中さんの力量には驚かされる。
キッチンの先にはアーチ型の開口。ここが「離れ」への入口。高さを低くしくぐるようにしているので、異世界へのトンネルのように感じる。このトンネルをくぐった先は、母屋と離れを繋ぐ図書室。片側の壁は一面の本棚、もう一方は飾り棚としてコレクションなどが飾られている。
そしていよいよ離れ。ここからは違う場所に来たかのようにイメージががらりと変わる。
「ご夫妻がお持ちの家具と、祖父母のアンティーク家具のテイストが異なっていたので、離れの内装はアンティーク家具に合わせて計画しました」と田中さん。
母屋が白い壁と天井で覆われた明るい空間だったのに対し、離れは天井の濃い茶色の垂木が現しになり壁もグレーのモルタルのかき落とし。床も庭の高さに近づけて土間を打った。
暗く籠るような空間に、わずかに差し込む光、生み出される陰影が落ち着きのある空間が生まれた。
ここでは、母屋とは違った気分で本を読んだりティータイムを楽しんだりしているという。「この部屋を借りて仕事したい」と言った友人もいたという。最高の褒め言葉だったに違いない。
母屋と離れから見えるのが、元々この場にあった木を活かしつつ、造園家とともに作り上げた庭。もともと「自分たちの手にあまるのではないか?」と庭木を植えることに不安もあったUさん 。今では「庭の手入れをしている時間が健康的に思えている」と喜んで作業をしている様子。苦手に感じていたことも、しっかりと設計次第で負担なくやれるようにもなるのだ。
この家での暮らしぶりに奥様も「家に帰ってくるのが楽しみ」「過ごしやすい」「たくさんのことを考えてくださった家なんだと、住んでから改めて実感している」とコメントを寄せてくれた。
この家には、庭木という「近景」や山並みという「遠景」、広々空間のダイニングやソファ。籠れるワークスペースや離れなど、いくつもの景色や居場所がある。また同じ景色や場所であっても、1日の中や季節で見え方が変わる。街に出なくとも、この家で1年中色々なシーンが楽しめるのだ。
田中さんは、あなたにもそんな家を提供できるよう、誰よりも考えてくれる建築家だ。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 山と庭を眺める家 |
|---|---|
| 所在地 | 京都府 |
| 敷地面積 | 307.16㎡ |
| 延床面積 | 127.41㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 4000万円台 |
撮影:中山 保寛
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

土間が心地よい距離感をつくる二世帯住宅。 多忙でもすっきり片付くスキップフロアの家
ご両親と同居するための家を新築することに決めたお施主さま。依頼を受けた建築家の加藤さんはヒアリングを重ね、間に土間を挟んで2棟とするほうが望む暮らしができると考えた。忙しく働くお施主さまが家でゆったりと過ごせる秘訣は、散らかりが気にならず、片付けやすいスキップフロアのおかげだという。

ミニマルだけど狭くない! 高速ラリーで導いた面積以上の空間の広がり
予算の制約の中で、いかに「広さ」を実現するか。建築家・福田俊さんが選んだのは、面積を増やすのではなく、体感を設計するという発想だった。施主との高速ラリーで磨き上げたプランは、籠りと開放、4つの領域をOVERLAPさせ、実面積以上の広がりを生んだ。ミニマルな外観の内側に、豊かな暮らしが宿っている。

入会希望が殺到する快適空間。 地元愛も深まるスポーツクラブとは?
長野県小諸市で長年愛されているスポーツクラブの移転新築に際し、設計を担当することになった建築家の水間寿明さん。移転オープン後は以前にもまして入会者数が伸び、入会待ちの状態が続くという。人気に拍車をかけた新空間の魅力を探ってみよう。

既製品を用いてコスパとデザインを両立 空間全体を見渡せる開放的な住まい
弟夫妻より家を新築したいと依頼を受けたいのはな建築事務所の2人。時期はちょうど工事費が高騰し始めた頃だった。コスト管理をしながら、望み通りの家をつくる。もちろんインテリアも妥協なく、と取り入れたのは既製品の建具など。意外かもしれないが、完成したのは洒脱なデザインの開放的な家だ。

築48年の空き家がパッシブデザインで蘇る 若い世代が入居し、街の再生にも
高齢化社会の進む日本において「空き家の増加」や「街の衰退」は、大きな課題となっている。それらの問題の解決の1つの解として、ある1軒の家のリノベーションがあった。それを手掛けたのは、自然の力を利用したパッシブデザインの匠、ア・シード建築設計の並木さん。日本の未来を変える可能性を秘めた並木さんの家づくりに迫る。

離れと母屋を中庭で繋ぐ贅沢な空間 「自然と人の豊かな共存」を叶える住まい
「子どもには豊かな住環境で育って欲しい」。建築家の鈴木雅也さんは、そんな想いから自身の家づくりをスタートさせた。自然と調和する開放的な住宅を目指して最終的に辿りついたのは、敷地の中庭を中心に据え、建物を2棟に分けるという独創的なプランである。大きな開口部からは中庭の植栽と、公園の桜の木を臨み、南北に風が抜ける……。そんな「仲井町の家」について、紹介しよう。

人を呼ぶ建築で、街がどんどん進化する 神田の魅力を発信する多目的ダイニング
神田の魅力発信地をつくるプロジェクトに、建築デザインのスペシャリストとして参加した建築家の水間寿明さん。関係者とともに思いを具現化していくプロセスから、設計のスキルやセンスだけにとどまらない、水間さんの仕事の魅力を探ってみた。

デザインと暮らしやすさを兼ね備えた夫婦の理想の住まい
施主のS様は70代のご夫婦。お子様たちが巣立たれ、夫婦2人の生活を楽しく快適に過ごすための家づくりを近藤さんに依頼しました。しかしそこには、なかなか高いハードルが。 そのハードルを見事にクリアし、夫婦の理想の住まいを実現させた、近藤さんの家づくりに迫ります。

くの字型で実家の庭や畑を懐に抱く 温かみとモダンさを兼ねた田園の平屋
地方都市では、「注文住宅は住宅メーカーや工務店に依頼するもの」という意識が、都会よりも強い傾向にある。予算やデザインの問題で、思い描いていた家づくりができず、妥協したり諦めたといったケースもあることだろう。施主のYさんもそんな1人。そんな中、Yさんが家づくりを相談したのは、北陸を中心に活動する建築家、ハレ建築デザインの下野さんご夫妻。この相談が、自分達の思いをカタチに変えてくれる結果となった。






