
外に閉じ、中に開くコートハウス
隅々まで考え抜かれた190㎡の平屋
建築家の自邸を訪れ体感した木の質感が
スタイリッシュ志向の奥様の心を動かす
この住まいを設計したのは、創順居アトリエ 直井建築設計室の直井忍さん。埼玉県を拠点に、木や自然素材など、馴染む素材を中心に心地良さを重視した家づくりを続けてきた建築家だ。
きっかけは、日ごろ付き合いのある建築会社からの相談だった。設計部門をもたないその会社は、住宅建築の話が持ち込まれると、直井さんを頼ることが多いという。
「今回は規模も大きめなので、しっかり設計してくれる人がいいだろうということで、お声かけをいただきました。それで一緒にSさんに会いに行ったというのがスタートです」と直井さん。
建築のプロが、数ある建築家の中から特定の一人を指名する。そこには、日頃の仕事を通じて積み重ねられた確かな信頼がある。
案内された敷地は、駐車場として使われてきた広い更地だった。三方をぐるりと3階建ての住宅に囲まれ、それでもなお余裕を残す広さ。変形地や高低差といった厄介な条件は見当たらない。
だが、それがかえって難しさでもあった。
「制約が少ないからこそ選択肢がいっぱいあり、どうしていこうかという感じはありました」と直井さんは振り返る。
Sさんから寄せられた要望は、平屋にしたいこと。近隣からのプライバシーを確保したいこと。そして、奥様の要望として、白を基調としたモダンなインテリアにしたいというものだった。
十分な敷地がある以上、階段を上り下りする必要はない。近年、平屋の暮らしやすさへの関心は確実に高まっている。直井さんもその流れを肌で感じていた。
一方で、これだけの敷地に大きな建物を建てるとなれば、周囲への配慮も欠かせない。
「土地建物に対して圧迫感を与えるような、これ見よがしの豪邸をつくるというよりは、少し引いた形、あまり自己主張をしないような形で、なるべく周りの景観に馴染む・調和するものをつくるのが良いだろうと感じました」と直井さん。
平屋でありながら、ある程度のボリュームを確保する。周囲に開かず、けれど閉じ込められた感覚も与えない。この2つを同時に満たす答えとして直井さんの頭に浮かんだのが、中庭を囲むコートハウスだった。
この方向性は早い段階でSさんにも伝えられ、賛同を得た。建物の骨格は、こうしてすんなりと定まっていった。
しかし、その先には別の課題が待っていた。それは素材と質感。
奥様には、明確なイメージがあった。最初に見せてくれた写真は、大理石の床にロートアイアンの装飾があしらわれた、華やかでスタイリッシュな空間だった。
「普段設計しているのとはだいぶ毛色が違うので、そこをどう調整していこうかなと最初の頃は思ってました」と直井さんは振り返る。
直井さんが得意とするのは、木の質感を生かした落ち着いた空間だ。方向性は真逆と言ってもいい。
それでも直井さんは、押しつけることをしなかった。まず奥様の希望通り、白とタイルを基調としたイメージパースを描く。そのうえで「フローリングにしてみますね」と、同じ空間の別バージョンも並べて見せた。言葉で説得するのではなく、目に見える形で選択肢を示していく。
転機となったのは、打ち合わせのために訪れた直井さんの自邸兼事務所だった。
「せっかくだから、うちの中も見ていってください」
そう案内されたリビングは、木を基調とした空間だった。それを目にした瞬間、奥様の反応が変わった。
「これだったらいいわ!」と。
憧れていたはずのスタイリッシュな世界とは、まるで違う。それなのに、実際に立ってみて初めて分かる心地良さがあった。頭の中のイメージが、その場で切り替わった瞬間だった。
「そこからは結構、筆が進むというか。いろんなイメージのパースをさらに描き足していって、こんな感じでどうですか?と示し、話はトントンと進みました」と直井さんは振り返る。
体験してみて初めて分かる家がある。この日の出来事は、その何よりの証明だった。
蛇行する平面と中庭に低い片流れ屋根で
プライバシーと開放感を同時に満たす
まず考えたのは、中庭のあり方だ。コートハウスといっても、四方を建物でぐるりと囲んでしまえば、そこは息の詰まる空間になりかねない。ある程度の広さを確保したうえで、あえて一箇所を「抜く」。それが直井さんの出した答えだった。
抜いた先に立てたのは、格子状の木の塀。目隠しとしての役割を果たしながら、風を通す。中庭の空気が淀んでしまっては、そこで過ごす心地良さは生まれない。
この「抜き」には、もう1つの意味があった。
「四方を全部囲う家っていうのは、外から見ると、この中にどんな人が住んでるのかとか、どんな家なのかっていうのは全く分かりません。そうじゃなく、どこかに少しでも外部との接点を持つ。そういうことが住まいには必要だろうなと思ったのです」
プライバシーは守りたい。けれど街との縁まで断つ必要はない。この匙加減が、住まいの佇まいを決めていく。
建物の配置には、敷地の事情が関わっていた。手前側は引き続き駐車場として使う計画で、しかもそこは貸し駐車場。不特定多数の人が、建物のすぐ前まで来ることになる。必然的に、建物は敷地の奥へ。そして手前側は、しっかりと閉じる必要があった。
平面の形は、コの字でもロの字でもない。蛇行しながら巻いていくような、独特の形状に行き着いた。手前から順に、ガレージ、エントランス、リビング・ダイニングのパブリックゾーン。さらに進むと水まわりがあり、ぐるりと回り込んだ最奥に寝室が配される。
「ひと続きではあるけど、ゾーンそれぞれに意味がある」
人が集まる場所から、静けさを求める場所へ。奥へ進むほどプライベート性が高まりながら、すべての部屋が中庭に面する。蛇行という形は、その両立から導かれたものだった。
屋根は、中庭に向かって下がっていく片流れとした。中側を高くした方が視線を遮れそうにも思えるが、直井さんの判断は逆だ。
中庭に立ったときに、背の高い壁が囲んでいると圧迫感があるのだ。囲まれている感覚ではなく、空が見える開放感を。単に光を採り入れるための中庭ではなく、そこで過ごすことを想定した中庭だからこその選択だった。一方で、北側に並ぶ3階建て住宅のバルコニーから、どう視線が届くか。その角度まで計算に入れられている。
軒の高さにも、直井さんのこだわりがある。特に玄関まわりは、できる限り低く抑えたいという。高い天井で仰々しく迎えるのではなく、落ち着いた高さで人を招き入れる。この感覚は、茶室にも通じるものだろう。
こうして組み上げられたプランは、Sさんのもとへ運ばれた。
そしてそのファーストプランがそのまま大枠として採用されたという。もっとも、コートハウスという形は、図面やパースだけではイメージしづらい。理解を深めてもらうため、直井さんは何枚ものパースを描き、模型をつくった。
当時、施主が暮らしていたのは、車で1時間半ほどかかる県西の町。直井さんはそこまで模型を運び、2週間ほど預けてきたのだという。
家族はその模型を眺めながら、「これはいい家だね」と話していたそうだ。
まだ形になっていない住まいが、すでに家族の期待を集めていた。
生活動線、天井の高低、ロフトの通風
入居者ファーストを貫く細部への配慮
道路側から近づくと、まず目に入るのはグレーの外壁だ。一枚一枚を鎧張りのように重ねていくラップサイディングが、陰影のある表情をつくっている。ただし全体をグレーで覆えば重くなりすぎる。玄関まわりは色や素材を変え、駐車場との境の塀はブロックに白い塗装を施し、軽さを添えた。
中庭へ直接出入りするための扉は、スチールによるフルオーダー品で、外から中は見通せないが、光が漏れ、そこに何かがあることは伝わってくる。子どもが友人を招いてデッキで遊ぶときも、玄関を通らずに出入りできる。
木製の玄関ドアを開け邸内に入る。正面はリビングへと続くホール。頭上高くに設けられた窓から、光が降りてくる。
一方、右の扉の先には広いシューズクロークが広がる。ここを抜けるとパントリー、勝手口、キッチン、そしてダイニングへと一直線につながっていく。買い物から帰れば、ホールを通ることなく、そのまま食品を収められる。
注目すべきは、この生活動線が、玄関ホールからリビングへ向かうメインの動線からは完全に視界に入らないことだ。来客があっても、暮らしの気配を気にする必要がない。
「気にしなくていい気楽さ」と直井さんはいう。
リビングに立つと、天井の高さに目を奪われる。勾配を生かして高く持ち上げられた天井には、八溝杉の羽目板が張られている。そこに照明器具をつけず窓際と壁面に仕込まれた間接照明だけで、必要な明るさが確保されている。
隣接するダイニングは、上部にロフトを設けたぶん天井が低い。さらにキッチンは、あえてもっと低く抑えられている。高い場所と低い場所。その落差があるからこそ、リビングの開放感が際立つ。
リビングとダイニングの間には、ゆるやかに空間を隔てる壁が立つ。全体を仕切るわけではなく、なんとなくゾーンを分ける程度の存在だ。だが実はこの壁、建物を支える構造上きわめて重要な役割を担っている。キッチン脇の壁も同じ目的で配され、広い空間を成立させている。
「これはわざわざ自分から説明していないんで、住んでいるSさんも分からないかもしれません」
そう笑う直井さんだが、こうした仕掛けは家じゅうに潜んでいる。
ダイニングの窓際には、奥様のリクエストで、本を読むためのカウンターを設えた。
ダイニングの奥へ進むと上部がロフトとなっている書斎がある。このロフト、ダイニング上部の空間とつながっており、風が抜けるようになっている。ロフトの窓はダイニングからリモコンで開閉できるため、わざわざ上る必要もない。熱や湿気がこもりがちなロフトの弱点を、あらかじめ潰してある。
廊下を進んだ先、中庭の最も奥に寝室が配される。ここは中庭を経由して隣家から視線が届く位置にあるため、地窓を採用。視線を切りながら、光を取り込む。
中庭はウッドデッキと人工芝が広がり、ダイニングからはそのまま外へ出られる。息子さんがボール遊びをするにも、十分な広さがある。
完成後、この家づくりを振り返り「楽しかった」と奥様が話してくれたという。家具やカーテン、照明の選定にも、直井さんは時間を費やした。ショールームをいくつも巡り、1つひとつを一緒に選んでいったのだ。
自分の意見が反映され、アドバイスを受けながら選んだものが、結果として家にぴたりと収まっていく。その過程も含めて、家づくりだったのだろう。
最後に、直井さんが家づくりで大切にしていることを聞いた。
「そこで生活をしていくときに、何が一番あるべき姿なのかを見つけていく作業が、実は一番大変なんです」
情報があふれる時代、施主が自ら得られる知識は膨大だ。その中から何が最適かを見極める。ファーストプランで大枠が固まった今回のようなケースでも、その姿勢は変わらない。
建築には作家性がついて回る。工業製品とは違い、つくり手の個性が表れる領域だ。それでも直井さんは、そこに自分のエゴを持ち込まない。
「ただ建築的に面白いものをつくっても、そこに住む人にとっては決して心地良いものにはならないと思うんです」と直井さんは語る。
今がどうかだけでなく、将来にわたってどうか。そこまで考え、手間暇を惜しまない。入居者ファーストという言葉を直井さんは体現している。
これまで憧れていたスタイリッシュな空間ではなく、木の質感に満ちた住まいを奥様が選んだのも、実際に体験したからこそだった。図面やパースでは伝わりきらない心地良さが、直井さんの家にはある。
撮影者:酒井俊春
基本データ
| 作品名 | さいたま 曲本の家(S邸) |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県さいたま市 |
| 敷地面積 | 480㎡ |
| 延床面積 | 190㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども |
| 施主 | S様 |
設計者情報
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