
近隣住民が慣れ親しんだ風景を残し、
集落に溶け込むモダンな邸宅のヒミツ
奥様が発した、「なつかしい」という言葉
そこから始まった、集落との共生プラン
今回の作品が建つ敷地は、西尾市の郊外にあった。遠方に茶臼山を望み、河川の堤防に面する。豊かな自然を満喫できる環境だ。一方、周囲は古くからの集落で、敷地はその入口に位置していた。
岩崎さんは、最初にこの敷地を確認した時の印象をこう語った。
「最初は、この地方の見慣れた風景だと感じました。ただ、その風景の前で、お施主様の奥様がふと『なつかしい』という言葉を発したのが印象に残ったのです」。
そこで岩崎さんは、どこが“なつかしい”のかを詳しく聞いた。ヒアリングの結果、お施主様の奥様がすぐ近くで生まれ育ったこと、遠くに見える茶臼山は小学校の遠足で行く定番コースであること、集落の奥に住む人はこの敷地越しに茶臼山を眺めながら帰宅していることなどがわかった。
つまり茶臼山は、お施主様の奥様だけでなく、集落の住民にとっても慣れ親しんだ大切な風景だったのだ。
そこで岩崎さんは、この作品でお施主様の奥様が風景を楽しむことができるだけでなく、近隣の人もこれまでと同じように、茶臼山などの景色が楽しめるプランを考えることとした。
主に東海エリアで活動している岩崎さんは、古い集落に注文住宅を建てた実績が豊富にある。その経験から、ただ単にお施主様が建てたい家を作るのではなく、近隣に溶け込むような、違和感や圧迫感を与えない家づくりを常に心がけているそうだ。
家を建てたあと、お施主様はその地で毎日を生活していくことになる。大都会とは異なり、近隣住民との良好な関係や地域と調和する建物は、地方の集落ではとても重要な要素だと岩崎さんは語ってくれた。
こうして、奥様の発したひとことから、茶臼山をキーワードにしたコンセプトが固まった。たった一つの言葉の奥に、場合によっては多くの大切な情報が秘められていることがある。こうした言葉やしぐさを見逃さず、ヒアリングによって情報を取り出す建築家は、とても心強い存在ではないだろうか。
多くの相反する要望を、同時に実現する
建築家の存在意義と力が試されるプラン
1:休日の豊かな時間(家族や気の知れた友人達との食事の時間や、芝の手入れ、畑造りなど)を楽しみたい
2:温熱環境や省エネルギーなど、性能面で合理的な設計として欲しい
3:ちょっと特徴的な建物でありたい=可能な限り家のボリュームを大きくしたい
こうしたお施主様の上記要望を実現しつつ、茶臼山を満喫でき、周囲と調和するプラン作りが始まった。
ポイントは、一見すると実現が難しく思える要望が含まれていることだ。
たとえば大きなボリュームの家を作ると、周囲に圧迫感を与えることになる。大きな建物だと家の影に隠れて、周辺から茶臼山が見えなくなる可能性もある。
岩崎さんは普段から複数の、場合によっては対立する要望を出されることがあるという。しかし常に、それらを同時に実現するプランを考え出すそうだ。
今回、岩崎さんが考えたプランも、様々な要望をすべて、同時に解決できるものとなっている。
もっとも特徴的なのは、片流れの屋根(一方向に傾斜している屋根)を採用したことだ。さらにその建物を、土地の対角線上に配置した。
一部2階建ての大きな容積の家だが、敷地の対角線上に建物を配置することで建物が斜めになり、圧迫感が減少する。さらに高い方の屋根を斜め奥側にし、手前を低い屋根とすることで、近隣への圧迫感をさらに下げることができる。
家屋に目を移そう。屋根が高い側を一部2階建てとし、個室などを配置した。全体は大きなワンルームのような構造で、断熱効果は抜群だ。詳細な説明は省くが、自然採光と採風+エアサイクル(空気の循環)+太陽光発電で、なんとエアコン1台で家全体の冷暖房が可能になったという。
休日を友人と楽しむ空間として、人の目が届かない河川側に広い庭とデッキを配置した。庭はすべて芝生で、お施主様は芝刈りを楽しんでいるという。芝刈りには労力がかかるので、長続きしない家も多い。しかしこのお施主様は芝刈りを楽しみたいという目的があるので、いつでも綺麗に整っているそうだ。
この他にも、細かな工夫が家全体の随所に施されている。ぜひ写真の説明文もご参照いただきたい。複数の、場合によっては相反する要望をすべて取り入れたプランであることが、よくおわかりいただけると思う。
重要なのは、建物が完成した後の日常生活
そのために徹底して考える、周囲との調和
「自分たちの要望だけ伝えてあとはお任せしたのですが、最初に提案いただいた間取りを見た時はおや?と思いました(笑)」。
「というのも、土地の形に対して斜めになる家の向きがもったいないんじゃないか?と最初は感じてしまったからです。しかし設計の意図をお聞きしていると、日当たりや風通しをよく考えられた家だと分かり納得しました。やっぱりプロはすごいなと思いました」。
いかにお施主様が満足しているのかがよく分かる。お施主様は芝生の庭での時間を楽しみ、奥様は窓から見える茶臼山を眺めてくつろいでいるという。
岩崎さんは常に、建物が完成した後に、お施主様が日常生活を満喫できるように心がけているという。それは先述した、周囲との調和や圧迫感を下げるということにとどまらない。
今回の作品は、片流れ屋根の先に山が自然と見えるよう、視線の動きを考えた屋根の傾斜角度をとっている。また、1番手前の道路側には、その山に生えているものと同じ樹木を植えた。道路から見えるこの樹木の先にこの作品があり、さらにその先に山がある。道路から山へのつながりを考えているのだ。駐車場の後ろの壁は取り払い、そこからも景色が見えるという徹底ぶりだ。そのおかげで、近隣住民はこれまで通り、山や自然を眺めながら帰宅することができる。
地域への貢献を、ここまで考える建築家はそう多くないのではないだろうか。このような工夫が詰まった家であれば、地域住民との良好な関係も築きやすくなる。
この作品は、グッドデザイン賞を受賞した。
26mもの長い片流れ屋根。それは独創的なデザインであるだけでなく、周囲と調和し、近隣の眺望をも意識したものだった。さらにエアコン1台で家中をコントロールできる空調効果や、実は低コストで作ることができる設計など、多くの点が評価された。
こうした岩崎さんの考えに共感された方は、いちどコンタクトしてみてはいかがだろう。
撮影:植村 崇史
基本データ
| 作品名 | 室場の片流れ |
|---|---|
| 所在地 | 愛知県西尾市 |
| 敷地面積 | 498.69㎡ |
| 延床面積 | 125.05㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

LDKを2階に。国道沿いでも カーテンを開けて生活できる、店舗兼用住宅
建築家の髙須さんは奥さまが経営する美容室を第一に考え、自邸として店舗兼用住宅を建てること計画。店舗と住宅それぞれが機能的にも快適さにおいても申し分ない建物をつくりあげた。往来が激しい国道沿いの立地でも開放的に暮らせる秘密は2階に設けたLDKだという。素材感も存分に楽しめるこの家の秘密を探る。

光、風、音を感じながら、自然と共に暮らす森の中の別荘
暑い夏、涼しい場所で過ごしたいとの思いで別荘づくりを決断。 自然に囲まれ、光や風、音を感じながらの生活に魅了され、ついには移住を決断するまでに。 そんな別荘を設計したのは、TAWs DESIGN代表の田辺誠史さん。 田辺さんの自然を上手く取り込んだ家づくりに迫る。

家族が1つになる、1人にもなれる家 「ズレ」によってできる家族の「新たな間合い」
一見すると周囲の家々と馴染む普遍的な佇まいの家が、中に入ると驚きの空間に仕上がった。「普通であること」と「差異をつくること」を意図し、家族皆が大満足の家となった秘策「ズレ」に迫る。

妻の趣味と夫の仕事を両立し、快適な暮らしも叶えた建築家の自邸
偶然に紹介された土地が運命の出会いとなり、設計事務所兼自邸を建てたいという気持ちがふつふつとわき上がったアトリエ住之舎の角野さん。ところが、奥様は土地に縛られるのがイヤで、持ち家にはかなり否定的だった。諦めきれない角野さんが、奥様を納得させ、ついに念願の一軒を完成させるまでの経緯を伺いました。

まるで避暑地の別荘のよう! 地域からも愛される、雑木の庭が気持ちいい住まい
平和公園にほど近い、閑静で緑豊かな住宅街に佇むKさん邸。「大きな窓から緑を感じたい」という施主の希望通り、敷地の南側に広がる庭には落葉樹と常緑樹がバランスよく植樹され、周辺の環境とも美しく調和しています。設計を手掛けたのは森建築設計室の森さん。「別荘地のような雑木の庭のある、住まう方からも、周りからも長く愛される家」をテーマに、果たしてどんな家が誕生したのでしょう。

暮らしが広がる土間、吹き抜けリビング…。 こだわり溢れる「住まい手オリジナルの家」
東京の人気住宅地に佇むS邸。お施主様であるSさんのこだわりが細部にまで行き届いた、まさに「住まい手オリジナルの家」である。Sさんの要望をしっかりと受け止め、妥協することなく形にしたのは、Lods一級建築士事務所の幸地俊一さん。二人三脚で実現した理想の家づくり。その詳細をご紹介しよう。

日中の生活空間に暗い場所をつくらない 居場所の全てに光が届く「明るい家」
世田谷の住宅街にあったご実家を建て替えることにしたTさまファミリー。望んでいたのはカーテンをパーッと開けて、太陽の光をたっぷり採り込めるような「明るい家」。このリクエストに、柔軟かつ合理的な発想で応えた菅家建築計画工房のプランとは?

廊下、壁、格子が想像以上の奥行きを実現 住宅街でも気持ちよく視線が抜ける家
細長い敷地の特徴を生かし、奥行きが感じられる家にしたいと考えられていたお施主さま。建築家の神谷さんは、ただ見通しをよくするだけでは十分な感覚が得られないという。その先を予感させる壁などの配置により、長い廊下を生かし切って奥行き感だけでなく、暮らしやすさ、豊かさも申し分ない家をつくり上げた。

敷地に対し斜めの動線で眺望を確保 大胆な発想で実現した美しく暮らしやすい家
新築する自宅では、夜景を楽しみたいと考えられていたお施主さま。候補となる土地が見つかったものの、当時残っていた家ではとても景色がいいとは思えなかった。同行した建築家の石さんにとっては、この場所こそベストだったという。敷地の形にとらわれず、斜めに向かって大開口したことで思い通りの暮らしを叶えた。
