
nico歯科駒ヶ根
設計者情報
長野県駒ヶ根市の幹線道路沿いの歯科医院である。「親子で通える」というクライアントの要望を軸に子育て世代とそのお子さんを中心として生涯に渡って親子で通ってもらえるような歯科医院を目指した。 親子で通いやすい歯科医院 来院しやすい医院とするために患者さんのプライバシーを考慮しながら院内が見えるような開放的な建物とした。院内からは外の景色が見え診療前の待機時間をリラックスして過ごしてもらえることを意図している。また親子用の待合スペースを一般の待合スペースとは分けて計画し小さい子ども連れでも気兼ねなく過ごしてもらえるようにした。 診療室は動線、家具、照明など機能的なつくりとする一方で建物の中央にありながら自然の光を採り入れ、空や外の景色が見える気持ちの良い環境をつくっている。それは患者さんだけでなく、スタッフの方が気持ちよく働くことができる環境になるように考えている。また、診療室への出入口も一般的に医療施設でよく見かける大きなハンドルが付いた鉄製ドアではなく、住宅のスケールと同じ木製ドアとしたり、キッズ診療室のドアは家型に見えるようにしたりして診療に対する緊張感を緩和できればと思っている。 外観は幹線道路側にヴォリュームが大きくなる2層分の建物を配置し、住宅地側は極力平屋部分を配置し、かつ分節しながら植栽を設けることで近隣に対して圧迫感が軽減されるようにした。 隣接している住宅は歯科医師の仕事を支える場所として家族で寛ぐ場所、個々の居場所を形状、寸法、設えに変化を与えながら効率的な動線でつなぐ計画としている。
基本データ
- 所在地
- 長野県駒ヶ根市
- 延床面積
- 1,107.76㎡
設計者情報
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レストラン if
<コンセプト> 熊本市中央区に9席の洋食レストランをビル1Fのテナントに設計した。 施主は25歳の若きオーナーシェフで、東京の銀座で修行後、熊本に帰省して移転前のお店を構えた。料理も美味しく、志も高いため移転前の店舗でも2ヶ月先まで予約が取れない人気のお店となっていた。今回の計画は、その移転後の店舗の計画である。 このレストランでは、その施主の名前から空間を考えることとした。「壱星」という名前から一番星である金星の宵の明星のような夜空のような空間をイメージして計画した。 雲のような形態をした天井や銅板を使用して夕暮れの色合いを表現した。 銅板も月日が経つにつれて変化していき、若きオーナーシェフが経験を経て進化していく状況と重ねて経過を楽しむ事を期待している。

re : サウナ
「しんかん」とは「深閑」とも書き、物音ひとつせず静まりかえっている様を表す。「 re : サウナ」では、 音に着目し、全ての雑音を排除することで1人リラックスできるサウナ空間を作ることを試みた。 区画壁は屋根裏まで伸ばし、全ての仕上げ材に凹凸を施し、壁面の中には遮音材を施し音を極限まで最小化 する。そうして静けさを手に入れた空間に、自然の太陽光と「向きと強さと色温度」が呼応する照明を施す ことによって、自然の中に生まれる森の中の静寂を空間にデザインした。 また、ととのうために必要な風も、壁に当たったランダムな反射風を整えることによって、自然の中に生ま れる風をそれぞれの個室に再現した。 私は、「 re : サウナ」によって心と体の新たな再生体験を得て欲しいと考える。

釡浅商店
異形鉄筋とは、建物の構造用材料のひとつで、鋼を圧延して表面に「リブ」や「節」と呼ばれる凹凸の突起 を設けた棒状の鋼材である。 釡浅商店は、「良い道具には、良い理(ことわり)がある」というポリシーのもと、料理道具を作る職人の 素晴らしい技術をお客様に届けている。 そのため、この空間にふさわしいのは「建築の職人の技術である」と考え、普段は壁の中に隠れてしまう異 形鉄筋を主役にデザインを施した。 実際には、手すりや什器を異形鉄筋を用いてデザインし、シンプルながらも職人の技術の必要な作りとし た。 また、包丁の什器は枕木を使い、長年に渡って使っていただく包丁の長い歴史を表現した。 わたしはここで、職人の技術が人々に伝わっていくことを望む。

It.

BOTANICAL
撮影者:STUDIO DIO

竹内海苔
雑踏とする松原市内の街並みに、一際目をひく純和風の建物。「無添加海苔」を販売する店舗の事例です。 今回、店舗ということもあり外部軒裏の見せ方に徹底してこだわり、屋根は薄く軽やかに、サビ丸太の連続性・木の美しさを表現することをデザインの主軸とし、誰が見ても1度は立ち止まるような印象的な外観を形造っていきました。 入口扉に使用した大きな杉の1枚板は、1ヶ月近く探しようやく京都の材木屋さんで巡り会えた貴重な一品。格子の寸法、庇の形状等、何度も京都に通い数々の建物を実測し、自らが美しいと思える寸法を検討し、造りあげていきました。 小さい規模ながら、とても密度の濃い建物が完成したように思います。

M4

喜一

馬嶋屋菓子道具店
かっぱ橋道具街の歴史は、大正元年、新堀川にかかる合羽橋周辺に、数件の道具商や古物商が店を構えたこ とからスタートした。 上野駅と浅草駅の中ごろに位置し、南北約800メートルの通りには、食器類や厨房設備、厨房器具、菓子道 具、食品原材料及び包装用品などを取り扱う約170の専門店がアーケードに連なっている。 馬嶋屋菓子道具店は、神田万世橋にあった馬嶋喜三郎商店(日本最古の菓子道具専門店)から、現社長の祖 父である吉田三郎が屋号を引き継ぎ昭和26年に創業した。 現在は浅草本願寺のすぐそば、浅草通りからかっぱ橋道具街に入り徒歩3分ほどの場所に店舗を構え、菓子 道具の専門店として和洋中問わず様々が商品が取り揃えられている。 また、馬嶋屋で木型を彫って60年以上の木型職人(大河原仁氏 2019年逝去)が彫る「木型」は全国のお 菓子屋さんからも絶大な人気を誇り、多くの人に笑顔を届けてきた。 そこで、馬嶋屋菓子道具店では、「お菓子の型」によって人々に喜んで頂くという意味を込めて「喜型」を テーマに設計した。 見せたい「型」は3000個。 それら全てをお客様にストレスなく見てもらい、かつ、スタッフへの負担の少ないオペレーションが求めら れた。 また、かっぱ橋はアーケード街であり、ビルの地下と2階以上の空間が活かされないという全国全てのアー ケード街が抱える問題も内抱していた。 私は上記の問題を限られたスペースで解決するために、建築基準法上必ず必要になる避難階段を建物の真ん 中に配置し、その中間の吹き抜けにフェンスメッシュを配置し、そこに3000個の型をディスプレイとして設 置する事を提案した。そして、その周りに3000個のブリキボックスを並べディスプレイと番号によって紐づ ける事によって、お客様自身で選び、在庫から必要な数を取り出すというオペレーションとなるように設計 した。 また、それぞれのフロアを真ん中の階段を挟んだスキップフロアとする事によって、3000個の型を選んでい る間に、お客様は気づかないうちに上下階に移動し、全てのフロアが繋がるように設計し、アーケード街特 有の階による不活用の問題を解決した。 外層はこれから100年以上継続するであろう「馬嶋屋菓子道具店」にふさわしく経年変化によって材料の強 度が上がるコールテン鋼を採用した。 私は、ここからお菓子作りを通して日本中に笑顔が広がる事を望む。



