
古い空き店舗が建築の力でみんなの居場所に
社会課題の解決に繋がるリノベーション
自分たちの悩みを自らの手で
子どもの居場所になる現代の寺子屋
看板は古いクリーニング店となっているが、中の様子はカフェのような不思議な建物。脇にある可愛らしい表札には「みちくさくらす」という文字が。
ここは、さまざまな使い方ができる複合施設。カフェのような1階には、大きなキッチンが備えられており、カフェとして営業することもあるし、レンタルキッチンとして貸し出され、料理教室やパーティーなどに使われる。2階は大きな机がある空間。習い事やワークショップ、会議やイベントの場であるとともに、並木さんのオフィスでもあるのだという。
「もともとは、『共働き家庭の小学生の放課後の居場所』をつくりたいという想いから始まりました」と語るのが、この場所のリノベーションを手掛けるとともに、奥様の優さんと一緒に施設の運営も行っている一級建築士YN studioの並木義和さん。
3歳のお子さんがいてもうすぐ2人目が生まれるという状況だった並木さん夫妻は、当時共働き。2人とも仕事と子育てに忙殺され、とてもワークライフバランスがとれているとはいえない状況。また、引っ越してきたばかりで、周りに友人・知人が少なく、頼れる人はおろか、さまざまな情報すら少ない。さらに子どもと気兼ねなく入れる飲食店や子どもが安心して食べられる惣菜店などもないという状況だったという。
そんな中で優さんが「同じような悩みを抱えている人たちがたくさんいるんじゃないか?いずれ小学生になる子どものためにも、自分たちで放課後の居場所を作れないだろうか?」と提案してきたのだという。
「妻はもともと田舎出身で、実家で祖母と母が寺子屋のような雰囲気の塾をやっていたらしく、近所の子どもたちが一緒に過ごす様子が原風景にあったようです」と並木さん。転勤族だったという並木さんは「人の集まる場に憧れていた」と語るように、この提案に賛成、こうして「現代の寺子屋」づくりがスタートした。
巡り合ったのは古い空きクリーニング店
メリハリあるリノベはみんなの手作業も
そんな中見つかった物件が、古いクリーニング店の空き店舗。道路に面した約60㎡の2階建ての建物は、老朽化でこのままでは使えなかったが、自由に改装可能な好条件の物件だった。
「子どもの居場所として活用するうえで、集まった人が食事をしたりシェアキッチンとして飲食店が日替わりで営業するようなことも想像していたので、歩道に面したこの物件は私たちのイメージにピッタリでした」と並木さん。
のちにオーナーと直接話す機会があり、並木さんたちの取り組みを話したところ、その思いに感動していただきとても良い関係を築けるようになったという。
「今ではオーナーさんも、イベントなどにいらしてくれることもあります」と並木さん。
こうしてスタートしたリノベーションのポイントは「メリハリをつける」こと。予算的に新築同様のフルリノベーションは難しい。構造的な補強はしっかりと行いつつ、元のクリーニング店の面影を活かすところ、コストを抑えつつ手を入れるところ、デザインと使い勝手をしっかり両立させるところといった感じで、手を入れる配分を変えていった。コストコントロールとクオリティーの両立、並木さんがこれまでの仕事で培ってきた経験、知見が役立っている。
「2階は小上がりや本棚を含めほぼDIYです。壁の塗装をSNSやポスターで呼びかけたところ、思いに共感したご近所の方々が親子でご参加くださいました」と並木さん。
「自分たちが利用する場所を、自分たちがつくった」この体験は、壁を塗るという非日常の体験だけでなく、この場への愛着にもつながる。そして何より、この場を知ってもらえること、地域の人々と関わりを築くことにもなる。
勉強に仕事に習い事、食事やイベントも
社会課題の解決に一役買う場に
正面はクリーニング店の頃そのままの外観。もちろん、コスト削減でもあるが、地域の人々に馴染みの光景がそのまま残っている。きっとオーナーも喜んでいるに違いない。
外観とは裏腹に、店内に入るとその様相は一変した。既存床を剥がし、エントランスを含め部分的にモルタルで補修した床は当時の風合いが残る。天井は高さを出すため構造現しに。また既存トイレやバックヤードの手前に頭の高さに抑えた間仕切壁を立て、アーチ状の開口で視線の抜けをつくり、狭小な空間を少しでも広く感じさせる配慮を随所に施している。
奥行き方向に伸びたステンレスカウンターのあるキッチンは、全て造作だ。作業スペースの確保や料理教室などの利用を想定して、調理機器や収納は全てカウンター下に納めるという細かい配慮も。
実際、このキッチンを利用して定期的にカフェと焼き菓子販売で出店しているHACHI BAKE & CAFEの堀さんも「内装が素敵なのでここで出店することを決めました。使い勝手もいいですし、お客様も『落ち着く』とおっしゃっています」と語る。
2階に上がるとそこは、可動式の大きなテーブルと椅子がある活動スペースと小上がり。床には、様々な活動に対応できるようコルクタイルを張った。
「おばあちゃんの家に来たようなほっこり感も出したくて、小上がりをDIYしました」と並木さん。
子どもたちはここで、本を読んだり遊んだり様々な活動をするのだ。また、英語やリトミック、アートといった習い事の場としても活用されているという。さらに、近所のおじいちゃんが、子どもたちに遊びを教えてくれたり、今は、大学生のボランティアが中学生に勉強を教えてくれているという。
「実は私の仕事場でもあり、ここで打合せもしています。近所や一般の方がレンタルされて、会合などに使われることもあります」と並木さん。
子どものための居場所ということからスタートした「みちくさくらす」。いまでは、子どもに限らず、大人もこの場での活動でさまざまな体験をしている。
古い空き店舗だったクリーニング店は、リノベーションによって輝きを取り戻しただけでなく、「空き家問題」「子供の居場所問題」「地域コミュニティーの衰退」さらには「ワークライフバランス」まで、数多くの社会課題の解決に一役買うこととなった。
「この場所が、社会にとって良いものになればいいなという思いはありましたが、想像していた以上に、さまざまな好影響があってうれしく思っています」と並木さんは語る。
並木さんの建築の力は、単純に建物をつくる、蘇らせるだけでなく、社会をも動かす力がある。
間取り図
基本データ
| 所在地 | 東京都新宿区 |
|---|---|
| 敷地面積 | 40.74㎡ |
| 延床面積 | 59.62㎡ |
| 予算 | 〜2000万円台 |
撮影:岩田 量自
設計者情報
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