
どこからでも桜の美しさを堪能できる
施主と建築家の阿吽の呼吸が生んだ極上空間
きっかけは、知人からのアドバイスの依頼
桜の景色を主役にした分棟プランで心を掴む
「南側に今後変わることのない抜けがあって最高の場所だと感じました」
この家を手掛けた、ハル・アーキテクツ一級建築士事務所の竹内さんは、初めてこの土地を訪れた印象をこう振り返る。春の桜を楽しめる居場所、それがこの家の核になるだろうと直感したのだ。
竹内さんが家づくりの際に最初に取り組むことは、その土地ごとのベストポジションをみつけること。どこが心地良い場所になるか、どこならゆったりできるか。そこを中心として他の要素へと思考を広げていくのだという。「土地それぞれに長所や個性があり、難点があるように思える土地でも、じっくり見ていくと、必ず良いところがみつかります。難問を解くような面白さがあるんです」と竹内さん。
実は竹内さんがこの案件を手掛けることとなったきっかけは、知人からの「家づくりで困っている人がいるので、相談に乗ってあげてくれないか」という依頼だったという。
もともと施主のSさんは、別の住宅会社と家づくりに取り組んでいた。しかし思い描くような提案を受けらずにいたという。そこでアドバイザーとして建築家の力を借りることにしたのだ。
「工務店に同行したりもしましたが、それでもしっくり来ていないご様子でした。そんな中『自分だったらどう考えるか?』という話になりました」と竹内さん。
家づくりにおける施主のスタイルは、大きく2つに分かれる。具体的な要望がいくつもあるタイプと、全体像のみを伝え細部は提案を待つタイプ。Sさんは明らかに後者だった。
リクエストは「ホルムアルデヒドを避けた自然素材の家」「南向きの敷地を活かした陽当たりの良い家」という2つのみ。
Sさんの想いを汲み取り、竹内さんが導き出した答えは、桜の景色を主役にした住まい。リビングに大きな窓を設置し、どこからでも桜が楽しめる。L字型の敷地を余すことなく使い、分棟のような構成で多様な機能と動線のある構成。このプランがSさんの心を掴んだ。
どこからでも桜を堪能できる特注の大窓
真骨頂はデザイン性と実用性の両立
S邸は、住宅街の街並みを抜けた奥にある。道路から邸内へは、あえて長いスロープを進むアプローチとした。道路からの目隠しも兼ねた浮きづくり塀には、杉の木目をつけ立体感を演出、正面の坪庭には水盆とコールテン鋼の水箱を配した。品の良い飲食店を訪れたときのように路地を進むワクワク感が演出されている。
玄関扉を開けエントランスホールに入ると、驚きの光景が広がる。左右の2棟の建物がガラスでつながったような空間は、2層吹き抜けで上部から光が降り注ぐ。
そして何より視線の先には、庭と桜の木が飛び込んでくるのだ。アプローチで高まった期待が、ここで一気に満たされた。
「玄関に入ってから驚きや歓びを感じられるようにしたかったので、あえて道路側からは川の景色が見えないよう、建物配置を考えました」と竹内さんは語る。
建物の左側はアネックス棟と名付けた、離れのような場所だ。1階には客間ともなる和室を配した。壁の一部を石川県輪島から職人を招いて漆塗りとし、琉球畳の周りにはリン酸処理した鉄を用い床の間に見立てるなど、和モダンな空間を演出。窓の先にはテラス、さらにその奥には水盤を設けた。この和室の窓がまさに額縁となり、桜の時期はまるで絵画が飾られているかのような空間となる。
リビングへと足を進めると、ここにも思わず「おおー」と声をあげてしまうほどの驚きの大空間が広がる。最高天井高は7m、2層吹き抜け。目の前には幅6.2m×高さ6.6mの大きなガラス窓があり外の景色を存分に楽しめる。
この大窓は、川に向かって正対せず斜めに配置した。室内であるLDKとその先のガーデンの高さを揃え、内外の空間が一体となって感じられるデザイン。こうすることで、リビングから桜が真正面に見えるようにという配慮と、遊歩道を歩く人の視線を逸らすという目的だという。さらに目隠しとして遊歩道沿いに、レモンやオリーブなど収穫できる樹木を植えた。「季節の移ろい、木々の成長、そして収穫も楽しめるようにご提案しました」と竹内さん。
この大窓は、大阪の業者でつくった特注品。上部がFIX窓、下が3枚のスチールサッシ。スチールをリン酸処理することで防錆効果をもたせることと、独特のテクスチャを実現した。サッシの引き戸は1枚当たり250kgもの重量となり、力の弱い人でも動かせるようレールやタイヤの仕様にもこだわった。また、下部のレールは、床から下げることで、フレームを視界に入れない工夫も。さらに、サッシ枠を建物外壁よりも外側に出すことで、3枚の扉を納めるスペースを確保。扉を開け放つと内と外がシームレスにつながる空間を生み出した。
細部にわたる心配りで、デザイン性と実用性を兼ね備える。これこそが、竹内さんの仕事の真骨頂だ。
施主のこだわりに応える的確な提案で
建築家の想像を超える居心地の良さに
例えば。ダイニングとキッチン。リビングよりあえて少し高くした。床の高さに変化が生まれることで、天井の高さが違って感じられ、リビングの開放感が増し、リビングのソファーとダイニングの椅子とでは、違った視点で景色を楽しめる。
2階の廊下も大きな窓が目の前にあり、今度は桜が眼下に広がる。廊下に面したバスルームはあえてガラス張りに。風呂に浸かりながら花見ができる、なんとも贅沢な空間だ。
そしてこの家の魅力は、景色だけではない。部屋それぞれに、こだわりと洗練されたデザイン、計算し尽された美しさが宿っている。
リビングのソファーは、Sさん自ら、加賀の美術館に置いてある実物を見に行き、その写真をもとに、飛騨高山の工房に発注したという。
「お打ち合わせを重ねていくとSさんは、ただ提案を待つだけの方ではありませんでした。ご自身で叶えたいことがしっかりとあったのです」と竹内さんは振り返る。
「あるとき『南部鉄器を使った何かを取り入れたい』というご要望をいただきました。それなら、ソファーの横にこんな花台はどうでしょう?とご提案したんです。結果的にNさん夫妻と4人で盛岡の工房まで見に行くことになりました」と竹内さんは微笑んだ。
ダイニングテーブルは、竹内さん自ら土台を構造計算し事務所で手作りした。そのテーブル横には、落下防止の柵代わりとなるステンレスの棚兼ベンチも提案。採用されたという。
Sさんが叶えたいこだわりに対して的確に応える。そしてSさんの心に刺さる提案をする竹内さん。この阿吽の呼吸ともいえる関係がSさんにとっては心地良かったに違いない。
「お打ち合わせのときに、前回置いていった家の模型が飾ってるのが目に入りました。そこには、Sさんと奥様の写真を貼った人形があったんです。自分達のスケールを模型の家に置いて、シミュレーションされているようでした」
またこんなエピソードもある。テレビ台の壁に貼る石は、職人任せにせず、Sさん自ら石のわずかな違いを見極めながら、配置を考えたのだという。
完成後、初めての桜の季節。竹内さんは花見に招かれた。
「ソファーに座って見た桜の美しさや心地良さは、自分の想像を超えていました」。喜びと自信につながったと竹内さんは語る。
竹内さんは、これまでの長い建築家人生において、個人の住宅に留まらず、集合住宅やビル、大規模建築など様々な種類・素材の建物を手掛けてきた。またいくつもの困難を克服してきた、深い経験と確かな知識をもつ。
「長く建築家をやっていると、困難やピンチにぶつかることもあります。それでも、必ず良い解決方法がみつかるはずだと、それを乗り越えることを楽しみながら仕事しています」と竹内さんは語る。
家というものは、施主やそこに住まう人だけのものではない。ご近所さんや周りの環境、訪れる人々、そして建築家や施工する職人など家づくりに関わる全ての人々にとって「この家ができて良かった。素敵になった」と思えるものでなければならない。
竹内さんは、「三方よし」ならぬ「四方よし」の家づくりをこれからも続けていく。
基本データ
| 作品名 | 花鳥風月+水の家 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都杉並区 |
| 敷地面積 | 221.38㎡ |
| 延床面積 | 162.20㎡ |
| 施主 | S様 |
設計者情報
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