
家族が1つになる、1人にもなれる家
「ズレ」によってできる家族の「新たな間合い」
ハウスメーカーから一転
幼馴染の建築家へ家づくりを依頼
夫婦と子供3人が住むM邸だ。地元出身のMさんが家を建てようと土地を入手し、最初に家づくりを依頼したのはハウスメーカーだった。しかし、ハウスメーカーでの家づくりは途中で行き詰まったという。
家づくりの計画が具体化する何年も前から「子供たちにとっても良い環境の家にしたい」と、家づくりに強い思いを持っていた奥様の数々の要望は、ハウスメーカーでは「実現が難しい」「費用的に厳しい」ものだったのだ。
どうしたものか?と思い悩んでいるときに、Mさんが「友人が建築士やっているよ」と奥様に声をかけた。そうして連絡をとったのが、京都市に拠点を置き活動する建築家、宇治川大園建築設計事務所の宇治川和樹さんだった。
「奥様も、私も『早く言ってよ!』という感じでした」と宇治川さんは笑う。
しかし、Mさんにとっては、幼稚園の頃からの友人が建築士だということは知っていても「自分達のような一般人の家はハウスメーカーに依頼をするもの」と思い込んでいたのだ。「家づくりを建築家に依頼」することを敷居が高く感じることは多い。まして、身近に建築士が少ない地方都市ともなればなおさらだ。
宇治川さんはさらにこう語る。
「実は家づくりが具体化する数年前に、ハウスメーカー、工務店、建築家のそれぞれの家づくりの違いについて話したことがありました。ハウスメーカーは、価格も手ごろで一定の性能の家が早くできあがる。工務店は、地域性や独自の素材や工法などでこだわりたい部分があるなら適している。自分達のこだわりを形にする方法が分からない場合は、施主の暮らしに合う住まいを一緒になってつくっていく建築家が良いだろう、と話しました」
Mさんは、きっとそのときの言葉を思い出し、自分達の理想の家づくりを宇治川さんに託した違いない。
家づくりの成功のカギは、
奥様の要望をいかに汲み取るか
「私は、建築は『工学』の部分と『美術』の部分との融合だと思っていて、私が主に、建築の仕様、法規制、コストコントロール、施工監理を担っていて、大園が意匠面、家具や設備のチョイスなどを担当することが多いです」と宇治川さん。
「それぞれ得意分野が違うので、お互いをリスペクトしながら意見を出し合っています」と大園さん。
得意分野も違い、男性・女性それぞれの目線をもつ2人が「どんな家を目指すのか?」「それを実現するためのデザインは?」といった課題を話し合って言語化、その後デザインや図面に落とし込んでいく。それが、宇治川大園流。
この家づくりに関わったのは、宇治川・大園夫妻だけではない。実は宇治川さんの実家は与謝野町で100年続く建築業を営んでいるという。宇治川さんのご家族が、このマルハウスを大工として施工した。建築のエキスパート揃いの宇治川ファミリーが、マルハウスを作り上げた。
では、ハウスメーカーで実現が難しかった、奥様の要望とはどんなものだったのだろう。
具体的には「3人分の子供部屋」「雨の日も濡れない2台分の駐車場」「来客が寝泊まりできる部屋がほしい」「広いWICがほしい」などなど。宇治川さんが当時のメモを見返して「たくさん要望があった」と改めて感じるほど多岐に渡った。
奥様からの要望はその多くが家族のためのもの。家族が1か所に集まり団欒したり、1人ひとりが好きな場所で寛ぐことができる家を望まれていた。「全ては無理でも、できるだけ要望を叶えてあげたいと思いました」と宇治川さん。
要望を叶えるといっても、挙げられた要素をただ実現するのが建築家の仕事ではない。その要望の奥にある真の願いを汲み取り、時には「言葉どおりのものではない」「想像もしない形」での提案で叶えてくれる。そんな家づくりが、建築家に依頼する醍醐味の1つだ。宇治川さんと大園さんは、それを味わわせてくれる建築家だ。
しかし、その真の要望を汲み取ることは簡単ではない。宇治川さんと大園さんは、打合せにじっくりと時間をかけ、時にはお茶を飲みお菓子を食べながら、叶えたいことや、理想の暮らしを捉える。そして、いくつものプランを提示して、好みを探っていくのだ。マルハウスにおいても、10パターンものプランを提示したという。効率的ではないやり方かもしれないが、そんなことは意に介さない。
「私たちはまだ作品数も多くありません。だからこそ時間を共有して、手間暇かけて、信頼関係を築いていくことを大切にしています」と大園さん。共に理想の家を作り上げる同志のような関係になるからこそ、奥様が「要望も多かったのに、希望を形にしてくれた」とコメントするほど満足度の高い家に仕上がるのだ。
段差や斜めの壁といった「ズレ」が
いくつもの役割を果たす
外観は大きな切妻屋根に小手しごきの塗装。周辺に立ち並ぶ家々に違和感なく馴染むデザイン。地場産の桧や杉で支えられた深い軒下には、セカンドリビングとして活用できる、ウッドデッキを設置。「内」と「外」、「家族」と「地域」が交わる「縁側」のような役割を果たしている。
玄関へのアプローチは、奥様の要望にもあった車2台分が置ける、家と一体となった屋根付きガレージ。
玄関を入りリビングへ向かうと、そこにはいくつもの「ズレ」が見えてくる。まず1つめは、天井にぽっかり空いた三角の吹き抜け。2階から降り注ぐ光が、壁に作り出す陰影が面白い。
眼を下にむけると、床が一段低くなっていることに気づく。この家の特徴の1つでもあるダウンリビング。マルハウスでは、このダウンリビングでテレビを見たり、ゲームをしたりするのだという。LDKと一体でありながら、領域が違う感覚がするこのスペースは、家族が1つになる「たまり場」でもあり、1人になれる「こもる場」として居心地抜群の場だ。さらに、断面方向の2つのズレによって空間の高さが変わり、視線も変わる。そうすることで空間の広がりを感じさせてもくれる場となっている。
さらに奥に進みダイニングに入っていくと、キッチンが見えてくる。落ち着いた黒で統一され、棚には、食器などが飾られた「見せる収納」。センスの良さが光る。
ここにも「ズレ」がある。キッチンの床もダイニングとは1段低くなっているのだ。床が低くなり、素材も変えることで、リビングとキッチンの領域をしっかり分けることになる。さらに、キッチンで立って作業している奥様と子供たちの視線が合うような高さになっているのだ。キッチンは、さらに天井も低く抑えられている。実はここは中2階のスペースをつくるためでもあるが、あえてキッチンを籠るような形にすることで、天井の高いリビングにより開放感を感じさせることにも繋がっている。
キッチンの反対側、和室スペースは、ホームベースのような5角形。ここもあえて壁を45度ずらすことで、窓の位置を変えることができた。ダイニングからとは違った角度で庭の景色が見えるのだ。春には隣地に咲く桜が見えるという。
階段を上っていくと見えてくるのが、ファミリールーム。造り付けのデスクもあり、子供たちが勉強やお絵描きなど多目的に使える。子供たちが集まる場でもあり、1人になれる場でもある。
階段には、奥様のコレクションのミニカー置き場も。
「奥様が、長男が生まれた時から集めてきたものです。子供たちの成長の記憶を何か建物に刻みたいというお話があったので、ここにスペースを設けることを提案しました」と大園さん。
さらに進んでいくと、ここにも「ズレ」が。廊下を真っ直ぐではなく、あえて45度振った形にした。こうすることで、まずは廊下に距離を持たせることができる。その先にある3つの子供部屋との領域分けを可能とした。また、廊下の南北のスペースも有効活用できる。南側に家族皆で使うWICを設けた。形は平行四辺形となるが、居室ではないため不便はない。むしろ広さを確保できた。一方の北側には、大きな窓を設置し、1階へと光を導く吹き抜けとしたのだ。1階のダウンリビングの上の「ズレ」が三角なのは、この廊下の形に由来している。
マルハウスは、普遍性のある外観からはわからないほど、室内は「ズレ」によって快適な空間に仕上がった。「ズレ」にいくつもの効果や意味を持たせてしまう、宇治川さんと大園さんの力量には驚かされる。
この家の出来栄えに、奥様も「とても素敵な家を建てていただいた」「見た目も住み心地も素敵で大好きです」とコメントを寄せてくれた。
Mさんは、宇治川さんが訪問した際「ここまで考えてつくってくれたんだ!」と改めて感謝していたという。
「引っ越ししてすぐのときに、長男くんが『これは夢じゃない!夢じゃない!』と頭を叩きながら呟いていたらしいです」と大園さん。「将来の夢が『大工さん』と長男くんが言ってくれているそうで、とても嬉しかったです」と宇治川さん。
素晴らしい家は、子供の夢さえも変えてしまう力がある。
「改めて、人の住む器というものを丁寧につくっていきたいと思っています」大園さん。
宇治川さんも「建築家に家づくりを依頼することを敷居が高いと思わず、アプローチしてほしいです。熱量さえあれば、夢が叶うということを、このマルハウスで実現できたと感じています」
宇治川さんと大園さんの手によって生み出された家は、夢を叶える家だ。
間取り図
基本データ
| 作品名 | マルハウス |
|---|---|
| 所在地 | 京都府与謝郡与謝野町 |
| 敷地面積 | 110.97㎡ |
| 延床面積 | 124.22㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども3人 |
| 予算 | 3000万円台 |
| 施主 | M様 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

限られたスペースを有効活用!築40年、37平米のマンションを素敵にリノベーション
都心にほど近い街で暮らす、kurachiffon 瀧内未来一級建築士事務所代表の瀧内未来さん。築40年ほどのマンションをリノベーションしたという物件は、自宅兼仕事場として、日々の生活を送りつつも、使い勝手や生活導線を考えながら設計をしていったそうです。以前は、日当たりや風通しがよいとはいえない部屋に住んでいたという瀧内さん。今回は、切望していた日当たり、そして風通しのよい新たな住居を造り上げていった過程や、リノベーションの魅力についてお話しを伺いました。

施主、大工、建築家の「共創」から生まれた 北アルプスを望むハーフビルドの“新築古民家”
北は北海道から南は九州まで、移住先を探すため日本各地を訪ねたというクライアントご夫妻。そしてようやく巡り合ったのが、北アルプスを一望する山間の集落の土地だった。その素晴らしいロケーションを活かした「土間の家」を手掛けたのは、建築家の坂利春さん。さて、どんな家となったのか、これから見ていこう。

アフターケアも行なうということ 家族とともに成長をする家
子どもたちの成長や生活スタイルの変化に合わせて、家の「ベストな形」も変化していく。家を建てたあとも、サポートをしていくという建築家のあり方を提案する家を紹介する。

施主と建築家の信頼関係があればこそ実現!2年の歳月を掛け、こだわりが凝縮した住宅
注文住宅の魅力とは、「自分たちのために、世界に1つだけの家が建てられる」ことに尽きるのではないでしょうか?間取り、素材、内外装のデザイン等々…。人が家にあわせるのではなく、自分たちのライフスタイルにあった家を創造できる、まさにフルオーダーメイドの住まいといえます。そして、住む人の理想を具現化していくのが建築家の役割です。今回は、こだわりのある施主と、この家を手掛けた上原和建築研究所代表・上原和さんが築き上げた、お二人のゆるぎない信頼関係があればこそ実現した家づくりをご紹介します。

家族が集まる空間を最優先。家族の声があふれる家
富山県砺波市のA様宅は、まだ小さなお子さん3人が元気いっぱいに走り回る家です。モダンさと木の質感がほどよくマッチしたお宅は、自然あふれる住宅地の中でもひときわ美しい家となっています。「ここはすごく自然が多いんですよ。私も山で釣りや山菜採りを楽しんでいます。」と建築家の長守さんが語る町にある、素晴らしいお宅をご紹介します。

1枚屋根の下でどこまでも伸びる視線。 大らかに家族が繋がる二世帯住宅
「1世帯住宅の延長線上にある2世帯住宅にして欲しい」と要望を受けた建築家の橋本さん。世帯間は分けつつもお互いの距離が近い空間にするため、LDKに吹き抜けを設け親世帯と子世帯の空間をおおらかに繋げた。用途ではなく気配や音、感覚を共有する、新しい魅力の2世帯住宅ができた。

30m超の長いスロープがドッグランに!人も犬も自由に過ごせる
Tさんご夫婦にとって、かけがえのない家族であるトイプードルのラプレくんとレフアちゃん。人も犬も、大切な家族全員が楽しく暮らせる住まいを構えようと、Tさんご夫婦は30m以上もあるスロープで囲まれた家を建てることにしました。

理屈を超えた提案で実現した魅力的な佇まい 地域に愛される、鍼灸院を兼ねた住宅
ご自身で運営される鍼灸院を兼ねたご自宅を新築することにしたお施主さま。2階を住居にしたため、一般的な家とは逆に、1階よりも2階のボリュームのほうが大きな建物になった。建築家の山口さんはこれらの特徴を生かしアイコニックな外観を実現。地域に愛され、もちろん暮らしやすさも申し分ない家ができた。

娘が望んだ南欧風に、父が望む和の空間はどう収まったのか!?
古くなった家を建て直すことにしたHさんご一家。仲の良い家族ですが、生活スタイルや好みは親世帯と子世帯では異なります。大半は共有するけれど、それぞれがこだわるプライベート空間は残す、それがHさんご一家にとってのベストバランスでした。



