
「変わった感じが良い、でも変なのは嫌」
キノコ型が叶えた、三方良しの家づくり
使い勝手と性能を土台に、対話から生まれた
「キノコ型」という名の、機能美の結晶
施主のHさんは、隣地に築50年を超える実家があり、耐震補強をして住み続けるか、それとも建て替えるべきか頭を悩ませていた。実家に住むお父様との同居をどうするかなど、家族の未来を巡る条件は複雑に入り組んでいたという。
結果として建て替えを選択し、本格的な家づくりがスタート。建築家探しを主導したのは奥様だった。近くのエリアに「面白い建築をつくる人がいる」とコンタクトを取ったのが、地元各務原を拠点に活動するMeet‘s設計工房の長尾さんだった。
長尾さんの手掛ける建築は、住宅に留まらず、商業分野、公共施設など多岐に渡る。そしてそのどれもが、確かな性能や使い勝手を大前提としながらも、どこかに独特のフォルムをもたせる遊び心が散りばめられている。長尾さん自身、「どこかに『面白いね!』と言われるような特徴を織り込みたい。それが自分自身にとっても設計の楽しさであり、お施主様にも一番喜んでもらえるんです」と語る。
Hさんご夫妻、特に奥様が求めたのも、まさにその「他にはない個性」だった。「変わった感じが良い、でも変なのは嫌」そんな、一見すると矛盾する、けれど本音が詰まったリクエストが長尾さんに託された。
施主の想いを受け止めるため、長尾さんが何より重視するのがヒアリングだ。しかし、長尾さんのヒアリングは、一般的な、何畳の部屋をいくつといった仕様を決めるものではない。家族の願いを聞く「対話の旅」だ。
「最初から部屋数や間取りの話はしません。1回目の打ち合わせで、掴みにいくのは『このご家族が本当に叶えたい暮らしの芯』です」と長尾さんは語る。
打ち合わせの席、長尾さんは施主が口にする要望の内容だけでなく、そのときの表情、声のトーン、ボリュームの微妙な変化までを五感で感じ取る。そうして言葉の奥にある「要望の深度」を探っていくと、お客様自身すら気づいていなかった本当の願いがあぶり出されていくのだという。
Hさんご夫妻との対話を重ねる中で見えてきたのは、暮らしを彩る多面的な趣味の存在だった。ご主人の無類のクラシック音楽への情熱。部屋を埋め尽くす数百枚ものCD。また奥様が趣味として最近弾き始めたというベースを気兼ねなく鳴らせる防音性。さらに夜空を仰ぎたいという天体観測への願い。
奥様や娘さんも音楽を嗜み、キッチンには「キッチンハウス」のオーダーキッチンを組み入れたいというこだわりもあった。
これらの要望、使い勝手、暮らしやすさを満たしながらも「面白さ」をもった建築を長尾さんは形にしていった。
長尾さんのプランの発想はフォルムありきではない。こんな形にしたいからと無理やりそこに必要な要素を詰め込むのではない。逆にすべてのゾーニングが終わってから仕上げとして装飾を付け足すのでもない。
こうして長尾さんは、1階リビング案や、スマートなフォルムの案など、あえて異なるアプローチの3案を作成。3D画像パースで提示し、いくつものアングルから視覚的に動きを見せるプレゼンテーションを行った。
そして長尾さんは、「こんなファニーな形状はどうですか?」と一つの挑戦的な提案を投げかけた。
それは、白い軸のような1階の上に、傘のような屋根と壁が一体なった構造物が乗っかったようなユニークな「キノコ型」の造形。この驚きの立体プランは、Hさんご夫妻、特に奥様の心を一発で射止めた。その後、全体の計画自体は2階建てから3階建てへと大きく変更されることになる。しかし、夫妻の心を捉えて離さなかったあの「キノコ型」のフォルムだけは、階数が変わってもそのまま美しいシンボルとして生き続けた。
性能と使い勝手を根っこに持ちながら、対話から生まれたそのフォルムは、いよいよ各務原の地に姿を現すことになる。
防音室、サンルーム、星空への特等席
三層に重なる、家族それぞれの居場所
しかし、一歩近づけば、それが単なるキャラクター的な造形ではないことに気づかされる。軸となる1階の外壁は、長尺のサイディングに風雨に強く汚れにくい水性塗料を重ねることで、まるで本物の漆喰壁のような深く温かみのある風合いを纏わせた。一方で、屋根と2階・3階の壁面を滑らかに一体化させる大きな「傘」の部分には、シャープなガルバリウム鋼板を採用。異素材のコントラストが、フォルムの個性をいっそう引き締めている。
道路との境界には、各務原産の石を詰め込んだ砕石擁壁が続く。コンクリート壁のような圧迫感を排除しつつ外部からの視線を絶妙にカットし、吹き抜ける心地よい風だけを敷地内へと受け入れる設計だ。
1.5メートルもの深い庇(ひさし)がもたらす豊かな陰影の下をくぐり、米松のピーラー材で設えられた上質な玄関扉を開く。そこに広がるのは、まるで高級料亭に足を踏み入れたかのような、静謐で気品に満ちた和のエントランスだ。
珪藻土の柔らかな土壁と米松の天井が、ブルーグレーの美しい床タイルと響き合い、足元にはブラックチェリーの無垢材に職人が「スプーンカット」の凹凸を施した味わい深いたたきが広がる。一歩踏みしめるたびに足裏から伝わる木の温もりと陰影の美しさが、住まい手を優しく迎え入れる。
1階には、家族のプライベートな寝室や和室とともに、ご主人のための特別な趣味室が配置された。クラシック音楽を深く愛するご主人のため、この部屋は防音仕様となっている。壁一面には、数百枚に及ぶ膨大なCDコレクションが整然と収まるよう専用の本棚が造り付けられ、周囲に気兼ねなく音楽に没頭できる至福の隠れ家となった。
階段を上り、2階へと歩みを進める。LDKへと続く東西の廊下には、長尾さんの繊細な仕掛けが施されていた。あえて壁の一部に柔らかなR曲線をつけることで、視覚的な奥行きと長さを演出。扉を開けるその瞬間へのわくわく感を、空間の妙によって高めているのだ。
また、リビングへ進む扉の足元には、愛猫が自由に、かつ安全に行き来できるよう専用のペットドアも設置。家族の一員である猫との快適な共生への配慮も、間取りの中にしっかりと息づいている。
扉の先に現れるLDKは、合わせて25帖を超える圧倒的な大空間だ。
ダイナミックに組まれた構造材現しの高い天井、視界を大きく切り取る開口部、そしてまるで祭壇のような厳かな佇まいを見せる飾り棚。そこは単なるリビングやダイニングという枠組みを超え、光と開放感に満たされた極上の「ホール」のような広がりを見せる。
リビングの西側の壁面には、この大空間の主役にふさわしい、圧倒的な存在感を放つ高級感あふれる石のタイルが施されていた。土壁のような奥深い表情と、手作りならではの豊かな陰影をもつ壁画のような意匠だ。「美術館や商業施設などで採用されることの多い、ベイスさんの素敵なタイルを使わせていただくことができました」と長尾さんが語るように、このタイルの質感が、空間全体の格調を美術館のような気高さへと引き上げている。
LDKの西側に隣接するのが、ガラスに囲まれた開放的なサンルームだ。まるで温室のように豊かな陽光を蓄え、天候を気にせず洗濯物を乾かす家事の味方であるが、その真の価値は、長尾さんが仕掛けた「熱環境のコントロール」にある。
「リビングとの境壁にもしっかり断熱材を入れています。このサンルームが『空気の層(バッファーゾーン)』として機能することで、夏場は強烈な西熱をリビングに入れず、冬場はリビングの暖気を外へ逃がさない天然のシェルターになるんです」と長尾さんが語る通り、このサンルームは意匠的な美しさだけでなく、家の省エネ性と快適性を劇的に高めるロジックの結晶なのだ。
さらに階段を上り、最上階の3階へ向かうと、そこには収納コーナーと読書コーナーが設けられている。ふと窓外に目をやれば、遠く伊吹山の雄大な山並みが美しい絵画のように切り取られている。
3階には2人のお子様の個室が並び、その部屋を包み込むように、建物の外周をぐるりと囲む広大なバルコニーが巡らされている。
外壁(キノコの傘の斜め壁)との間にこのバルコニーという絶妙なディスタンス(距離)を設けることで、光や風の恵みを最大限に取り込みながら、外からの視線を完全に遮断。プライバシーを守りながら、個室の延長として寛げる、これ以上ない贅沢なアウタールームとなった。
さらに、このバルコニーの上部には屋上へと直結する開口が設けられており、ご主人の永年の夢であった「天体観測」を心ゆくまで楽しめる、星空への特等席へと繋がっている。
この家の出来栄えに、Hさんご夫妻は大満足のご様子。「周りにはたくさんの新しい家が建っているけれど、我が家が一番」 と語る言葉からは、この唯一無二の住まいに対する大きな誇りが伝わってくる。
「こんなファニーな形状はどうですか?」
長尾さんのその一言から始まった、この幸福な家づくり。ファニーという言葉がもつ「個性的で、面白い」というニュアンスは、強固な建築構造のバランス力と、住まう人の利便性を徹底的に両立させる長尾さんの執念によって、色褪せない「真の機能美」へと昇華された。
ただ目を引く奇抜な家を造るだけなら、誰にでもできる。しかし、お施主様家族が心から満足し、建築家自身もクリエイティビティを楽しみ、そして完成したフォルムが地域の街並みに美しく受け入れられ、愛されていく。
この「施主良し、建築家良し、世間良し」の三方良しこそが、建築家・長尾英樹さんの描く、20年、30年先まで味が深まり、愛され続ける家づくりの真骨頂なのだ。
基本データ
| 作品名 | 音楽と星空の家 |
|---|---|
| 所在地 | 岐阜県各務原市 |
| 敷地面積 | 211.76㎡ |
| 延床面積 | 225.73㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子供2人 |
| 予算 | 5000万円台 |
| 施主 | Hさん |
設計者情報
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