
眺めの良いフリースペースと快適な生活機能
床面積を最大限に生かす新発想の住まい
まるで「令和の縁側」?
全ての空間とつながる窓際のフリースペース
「在宅ワークが多いご夫妻でしたが、70㎡弱なら個室を2室取っても余裕があります。その恵まれた広さを、十分に享受できるようなプランをご提案したいと考えました」
そう振り返るのは、設計を担当した一級建築士事務所 a.d.p(アデペ)の坂田裕貴さん。これだけの広さに大人2人で住まうアドバンテージを生活に反映すべく、「余白」を意識してプランニングに臨んだという。
ここでいう余白とは、使い方が限定されずそのときどきの暮らしに合わせて役割が変わり、ゆとりをもたらす空間を指している。
「でも、フレキシブルな空間として1部屋多く計画しても結局はいつもの居場所で過ごしてしまい、気づいたら納戸状態になるケースも少なくありません。それではあまりにもったいないので、どこからでも行き来しやすいスペースに、思い思いの時間を過ごせる自由な空間を設けたほうがいいだろうと考えました」
その前提で坂田さんが着目したのが、この住戸のL字型の平面だ。L字の内側には南西・北西の2方向に窓が連続し、明るい光とのびやかな眺めを得ることができる。
そこで坂田さんは、窓際に沿って「自由に使える余白の空間」をつくり、その外側に個室やキッチン、水まわりといった「生活機能の空間」を配するプランを考案。住戸全体を余白と生活機能の二層構造にすることで、生活の場のすぐそばに、気軽に出入りしてくつろげるフリースペースを設けようというアイデアだ。
「イメージでいうと、日本家屋の縁側です」と坂田さん。縁側は庭などの外部に大きく面しながら茶の間や座敷といった複数の部屋をまたいでいて、どの部屋からも出入りすることができる。そう考えるとL字型住戸の窓際をぐるりと囲み、背後に並ぶ個室やキッチンから直接アクセスできるスペースは、令和の縁側といえそうだ。
このアイデアはMさん夫妻もすぐに気に入ってくれたが、ここで坂田さんは次の課題に直面する。それは、「余白の空間と生活機能の空間を、どのような形で仕切るか」だった。
快適で床面積の配分も効率的
理想のレイアウトをかなえた正円の壁
それでも坂田さんはMさん夫妻が気に入ってくれた二層構造をあきらめず、「人の居場所とモノの居場所では必要な寸法が異なる」という点にヒントを見出す。仕切り壁の両側に広いところと狭いところをつくれば床面積を効率的に使えるし、理にかなって暮らしやすい住まいになると考えたのだ。
早速、広さにメリハリをもたせる壁の形を図面上でスタディし、あるとき「L字の両端の窓を結ぶと正円の軌道が描けるのではないか?」と閃いた坂田さん。CADで描いてみると予想通り窓と窓を結ぶ曲線は美しい円弧となり、空間を仕切る壁としても理想的な位置に収まった。これならジグザグの変形壁などと違って暮らしにくくなる心配もない。心の中でガッツポーズを決めたくなる瞬間だ。
こうして生まれた正円の壁により、壁の内側の中央部分にはゆったりとした奥行きがもたらされ、明るい窓から街の風景を楽しめる開放的な「広間」が誕生。壁の外側に配した生活機能の空間も、広い部分は個室やキッチン、曲線で狭くなったところは本棚置き場や収納と、用途ごとに最適な寸法を与えることに成功した。
正円の壁には適宜開口部が設けられ、個室やキッチンからダイレクトに広間にアクセスできることもポイントで、この造りはまさに縁側のイメージ。おかげで広間は「めったに使わない残念な部屋」になることはなく、仕事や家事の合間にくつろぐ日常的な居場所として大活躍。住戸全体のゆるやかなつながりも創出され、L字の両端に配した夫婦それぞれの個室にいても、互いの気配を感じられるほどよい一体感が生まれている。
暮らしながら空間を育てる楽しみも
2つの世界が広がる豊かな住まい
また、広間側は正円の壁にボードを張らず、あえて下地の間柱を見せる「現し」にしていることもポイントだ。一般的な仕上げのプロセスでいうと途中で施工をやめている状態なのだが、その理由について、「例えば、太古の人類は洞窟や岩陰を住まいとし、自然がつくり上げた形を生かして寝食を行っていたと思うんです。同様に、この広間も用途に合わせて設計するというよりは、住みながら使い方を育てていき、そのプロセスも楽しめる空間になってほしい。そんなメッセージを込め、内装を完成させすぎない方がいいのでは、とご提案しました」と坂田さん。Mさん夫妻は、型にはまらないこのアイデアも楽しんで受け入れてくれたという。
一方、壁の外側の生活機能の空間は一般的なプロセスに沿ってボードやクロスを張り、壁の内外で世界が異なることを表現。70㎡弱のマンションの1室に、暮らしを遊べる空間と生活に必要な空間が隣り合わせで広がっている──そう考えるとなんだかワクワクしてしまう。
現在、Mさん夫妻は広間をダイニングやリビングとして使っているが、ゆるやかな曲線を描く壁や等間隔で並ぶ間柱はそれだけで意匠性が高く、2人が選んだ北欧家具やアートと好相性。空間を自分たちらしく育てながら楽しんでいることが伝わってきて、正円の壁は暮らしの満足度を高める空間デザインの要なのだと実感する。
特にソファまわりは円弧の壁にゆったり包まれているような柔らかさがあり、海外のホテルの素敵なロビーにいるかのよう。実際、Mさん夫妻は居心地にも暮らしやすさにも大満足だと聞けば坂田さんのプランは大正解だったと確信するし、今回の例に限らず、崖地の戸建てや変形敷地などのイレギュラーがあるときこそ、坂田さんの柔軟な独創性が花開くのではないかと感じる。
とはいえ、最後にあらためて強調しておきたいのは、「坂田さんは安易なファッション要素で正円の壁を提案したわけではない」ということだ。あくまでも起点にあるのは床面積や形状といった諸条件、住まう人の思いやライフスタイルをベースにした合理的かつ心地よい空間への探求心。だからこそM邸は「個性的でおしゃれな空間」という言葉だけでは表せない、懐の深い住まいになったのだ。
撮影者:takuya seki
間取り図
基本データ
| 作品名 | M邸 |
|---|---|
| 所在地 | 東京都 |
| 延床面積 | 68.30㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

大切にしているのは、施主様との「対話」 ささいな一言から潜在的な想いを見つけ出す
大阪市天王寺区にある米田建築アトリエは、新築とリフォームをほぼ同じ割合で手掛けている。代表の建築家、米田さんが特にこだわっているのが、施主様との「対話」だ。その理由は、じっくりと話をすることで、施主様の潜在的な想いや要望が明確になるからだ。一例として、対話から生み出されたプランをご紹介しよう。

ただ景色を眺める時間をつくりたくなる。 地域材を豊かに使った、快適に暮らせる自宅
望んでいたエリアに土地が見つかり、自宅を新築することにした建築家の小野さん。西以外は景観に恵まれているという環境を生かしつつ、地域材かつ自然の素材にこだわった木の家を建てるべく設計を開始。同世代の職人たちとともに、デザイン性に加えて家の性能も高い、現代の暮らしに合った家を完成させた。

常識を疑え! 北?に開いたリビング、屋内?にもなる縁側
"南向き信仰"が根強い日本では、家を建てるとなると、多くの人が当然のように“南向きの大開口”をイメージすると思う。でも、敷地条件や設計の工夫次第では南に大開口を設けなくても、明るさも風通しも申し分のない家が出来る。里山のふもとに佇むU氏邸は、そんな当たり前のことを改めて教えてくれる家でした。

コンパクトでも、居心地はこんなにのびやか 快適動線もうれしい森林の別荘
齋藤文子さんが設計した『北杜の別荘』は、延床面積約53㎡のコンパクトな住宅だ。けれど実際に住んでみると、想像以上にのびやかな居心地や機能的な動線に驚くこと間違いなし。数字では表せない、心地よい開放感はどのようにしてつくられたのだろうか?

快適性、機能性、デザイン性が三位一体 夫婦も鳥たちもずっと巣ごもりしていたい家
注文住宅づくりにおいて「どんな家にしたいか」ということと同じくらい重要なのが「誰に依頼するか」だろう。東京都内に住んでいたTさんご夫妻が、家づくりのパートナーに選んだのは、インターネットで見つけた茨城県土浦市を中心に活動する建築家、e do designの江ケ崎雅代さんでした。

快適コンパクトな2拠点向け規格住宅が誕生 気負わず楽しむ憧れのデュアルライフ
都会と郊外を行き来する2拠点生活の人気が高まるにつれ、気負わずに建てられるセカンドハウスへのニーズも増えている。そんなニーズに応えるために建築家の李孝哲さんが自ら土地を購入、2拠点生活実験ハウスとネーミングをつけ、神奈川県青野原に建てた快適・コンパクトな規格住宅をご紹介。

内と外が緩やかにつながった、「空間グラデーション」の妙
施主であるHさんが自邸を建てるために選んだ土地は、住宅街のなかにある角地でした。南北に細長い敷地の南と東に面した道路は、それぞれ幅員4mほど。建築家の植村康平さんは敷地を何度も訪れ、Hさんファミリーが暮らす理想的な住空間をイメージしながらプランニングしたといいます。そうして誕生したのが、道路と庭、室内がゆるやかなグラデーションでつながった「カドニワの家」でした。

ここまで開放的な平屋だから、自然満喫と落ち着く空間を両立!
窓いっぱいに広がる高尾の自然の景色、家のなかを通りぬける気持ちのよい風。存分に自然を味わえる家は、建築家の望月さんが家族と暮らすならと考えて設計した理想の家でした。

プライベート空間でも、もてなしの場でも 濃密な自然を五感で楽しむリトリート施設
自然豊かな屋久島で、お施主さまが深く自然を楽しむ場をつくりたいと購入したのは、既存の建物が点在する広大な敷地。建築家の石さんは、新築かリノベーションかの判断も含め、敷地が持つ2つの異なる魅力をそれぞれ生かしながら、住居、ヨガなどのアクティビティスペース、ゲスト棟を実現した。




