
改築・リフォームに続く第三の選択肢、増築
歴史をつなぎ、暮らしをアップデートする新提案
診察をしながら工事を行い、床面積も増やす
工期と予算の両面で最適な選択肢、“増築”
お施主様の希望は、院長の代替わりをきっかけとしたイメージの刷新と機能のアップデート。
主な具体的要望は、
・バリアフリー(スロープ・トイレ・自動ドアなど)
・キッズエリア、子ども連れ用個室診察を新設
・診察資料や模型などの置き場所を増やしたい
というものだった。
しかし最大の課題は、診察をしながら工事をしてほしいという要望だったという。
この作品を手がけたのは、葛島隆之建築設計事務所の葛島さん。葛島さんは様々な角度から工法やプランを検討した。
診察台が並ぶ場所は、診察時間内に工事をすることができない。資料などを保管する場所を広げるため、床面積を増やす必要がある。こうした要望の数々をすべて同時に解決するためには、増築という手段を取るのが最適だと判断した。
プランは、工事のスケジュールと増築場所の選定を総合的に判断しながら検討された。
工期は大きく2つに分けることとなった。
まず、診察を続けながら増築部の工事を実施する。その後、大型連休の期間を利用して、既存部分のリフォームを行う。リフォームの内容は、大型連休の期間で終わるものとするため、綿密な計画を立てる必要があった。
増築場所の選定も、慎重に進められた。理想的な増築場所を選ぶだけでなく、工事中に患者様や従業員の動きを妨げない位置にする必要があったからだ。たとえば患者様用の駐車場がある場所は、診察をしているので増築場所とすることができない。
こうして診察をしながら増築工事ができる場所が決まった。
想像していただきたい。理想のプランを追求すれば、建て替えという選択もいいだろう。しかしそれでは、長い休診期間が必要となる。しかもコストは、比較にならないほど高くなる。増築は、これらを克服することができるのだ。
葛島さんは、増築のメリットをもっと広めていきたいと考えている。
「建物の建て替えは、予算・工期・環境などの負荷が高くなります。敷地に余裕があれば、既存の建物をストックとして活用していくのが、これからの時代の建築のあり方のひとつだと思います」と語ってくれた。
歴史を引き継ぎ、周辺環境との連続性も保持
工期や予算だけではない、“増築”のメリット
たとえば、既存の建物部分が持つ歴史や周辺環境とのつながりを活かしたまま、新たな機能を追加することができる。いくつか例をあげてご説明しよう。
この作品では、既存部分の東側に細長い増築部を新設した。これまでの外壁は増築部内側の壁となる。そこでこのRC壁の表面を削り、ビシャン仕上げという内部を露わにする仕上げ方法を採用した。既存の外壁を活用することで、この地に40年間根付いてきたクリニックの時間=歴史を引き継ぎたかったからだ。
また、増築部の外壁は全面ガラスとした。ビシャン仕上げの壁が外からよく見えることで地域とのつながりを感じられ、新しい時代の変化も感じられるからだ。
たとえばこの2点だけでも、40年間の時間と長く緩やかにつながる周辺環境に挟まれた内部空間が生まれる。新しく建てられた場所だが、どこか昔からのつながりを感じる。そのような空間を作ることができるのだ。
バリアフリー対応、キッズエリア、保管場所
動線と快適さにこだわった、増築プラン
まずはバリアフリーから。もっとも頭を悩ませたのは、長い距離を必要とするスロープの位置決めだった。様々な場所を検討した結果、入り口の場所を変更し、増築部分に移転。駐車場の後ろにできた長いスペースを活用することで、緩やかな傾斜のスロープを設置することができた。
子どもの診察を増やすために新設したのが、増築部分の一番奥に設けられたキッズスペースと、個室の診察室だ。キッズスペースは少しづつ階段状に登っていく最奥にあるので、天井高が少し低くなっている。まるで隠れ家のような雰囲気で、子どもたちに人気だという。個室の診察室には、子どもの緊張を和らげるホスピタルアートが描かれている。親が診察を受けている間、子どもが遊ぶことができるスペースも個室内に設けられた。
待合室は増築部に移し、緩やかな階段の幅にあわせた椅子を配置。受付の前は人の往来が多くなるので座面の奥行きを短くし、通路幅を大きく取るなどの工夫がなされている。
受付エリアは待合室を外に出したことで広くなり、溢れかえっていた資料は綺麗に収納することが可能に。既存建物の窓を取って受付の窓としたため、患者様のスムーズな動線を確保することもできた。
こうした改修の結果、患者様も従業員も快適に過ごすことができる院内が生まれ、みな喜んでいるそうだ。
改修部分は多岐にわたり、各所にこだわりが詰まっている。詳細はぜひ、写真の説明文をご参照いただきたい。
建物を単独で考えるのではなく、
周辺地域との共生を同時に考える
ここで注目したいのは、古い場所と新しい場所のつながりや、建物と周辺地域のつながり、外と内のつながりや、古い場所が持つ歴史のつながりを大切にしていることだ。
葛島さんは設計の際、常に周辺環境の成り立ちや歴史について考え、調和することを意識しているそうだ。たしかにこの作品も、周辺地域や道路の持つ特徴を大切にし、調和させることを意識している。
これは医院と住宅の違いがあっても、本質的には同じだと言える。増築という部分的な改修でも様々なつながりをこれだけ意識しているということは、新築であればさらに強く意識するのだろう。
周辺地域と共生し、長い期間を地域とともに過ごすことができる住宅は、派手ではないがとても暮らしやすいものとなることは間違いない。
土地に余裕がある方は、工期やコストの利点がある増築を選択肢のひとつとして検討してみてはいかがだろうか。また、周辺環境に馴染み、その建物が持つ歴史を活かした家を建てて暮らしたい方も、いちど話を聞いてみることをお勧めする。
撮影者:葛島隆之建築設計事務所
間取り図
基本データ
| 作品名 | Clinic O |
|---|---|
| 所在地 | 三重県員弁郡 |
| 敷地面積 | 446.27㎡ |
| 延床面積 | 397.14㎡ 増築部:47.01㎡ |
間取:待合室+キッズルーム(増築部) / 診察室+カウンセリングルーム+受付+トイレ(既存部)
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

暮らし方はそのままに、思い出の母屋を一新 桜を望むテラスを備えた「風が通る家」
T邸が建つのは、埼玉県・所沢駅から徒歩圏内にある住宅地。古くからの農家の屋敷が多く、住民同士の交流や文化が色濃く残る土地だ。設計を担当したのは、mizmiz design・水野憲司さん。水野さんが家づくりにあたって大切にしたのは、長くこの土地で暮らしてきたTさんの「暮らしの物語」を丁寧に想像し、それを新しい家で再現することだった。

自分の「好き」を形にした 建築士の自邸兼アトリエ
イシマルデザイン一級建築事務所の岸絹子さんが、自身が設計した自邸兼アトリエ「福角の家」をつくったのは、今から4年前のこと。「自分が本当に好きなモノ、好きな空間」を形にしたというその家は、岸さんならではのセンスがそこかしこに溢れていました。

採光に難ありの敷地でかなえた、 明るく開放的な「奥行のある家」
3方を隣家に囲まれた細長い敷地。これだけ聞くと十分な光が入らない家になりそうだが、建築家の吉田祐介さんは驚くほど明るく開放的な住空間を設計。施主である若いご夫妻の先々の変化も見据えた、永く愛せる快適な住まいに仕上がっている。

築40年の日本家屋の梁や構造材を活用し 古民家然とした和モダンな家にリフォーム
「新築にはない魅力を引き出すこと」それが建築家・森さんのリフォームへのこだわり。今回紹介するN様邸はリフォームコンクールの受賞作品で、そんな森さんの設計思想を体現した実例。もともと使われていた構造材を活用し、N様の快適な暮らしに適した減築や改修を施して、和モダンな平屋に生まれ変わらせている。

「土間」がつなぐ二世帯住宅!矛盾しそうな親子の本音にも解とは
二世帯の同居をスタートさせるにあたり、実家をリフォームしようと考えていたAさん一家とAさんのご両親。親世帯と子世帯、両者の思いに耳を傾けた建築家が出した答えは、まったく個性の異なる2軒の家が並列する、すっきりスマートな家の「新築」だった。

実家の裏庭に建坪わずか15坪 五感で楽しむいくつもの居場所
元は実家の裏庭という限られたスペースに、自宅兼アトリエを建てた建築家の狩野一貴さん。その家は、1つの空間の中に、光や風、見える景色がそれぞれ違ういくつもの居場所を設けた五感で楽しむ家。地方都市において、子育て世代の育児環境を充実させる、家づくりに迫る。

夫婦2人暮らしにうれしい工夫が満載。 豊かな居心地を楽しめる田園の平屋
ご実家を建て替え、当面はセカンドハウス、いずれは終の住処にしたいと考えていた施主さま夫妻。依頼を受けた建築家の谷山武志さん・裕子さんがつくり上げたのは、心地よい光や緑に包まれながら、いくつになっても安心・快適に暮らせる家だった。

1階に生活を集約、安全に暮らせる家に。 築100年の古民家をリノベーション
古民家に一部増築した家で暮らしていたお施主さまは、2階建てでの暮らしに不安を覚えるように。それまでほぼ使用していなかった古民家をリノベーションし、生活の範囲を広げ1階のみで暮らしたいと考えた。建築家の戸川さんは直面した不安だけでなく将来も見据え、安心して暮らせる家に生まれ変わらせたという。

都心部に建つ築40年の家を建て替え 安全・安心に暮らせる「終の棲家」が完成
人生の終焉を見据え、築40年の住いを新たに立て直すことを決めたFさんご夫婦。設計を担当した鈴木雅也建築設計事務所の鈴木雅也さんは、周囲の視線や、音、そして防犯面など数々あった課題をどのようにクリアし、理想の住いを作り上げたのだろうか。詳しくお話を伺った。







