
「ひとりなのにひとりじゃない」待合
佐賀に建つブックカフェのような心療内科
30年ぶりに再会した友人からの依頼と信頼
事例写真の待合に感じた違和感
設計したのは、広島県廿日市市に事務所を構える高野俊吾さん。院長先生とは高校のサッカー部の同級生だった。卒業後は会う機会もなく、約30年ぶりにきた連絡が、クリニックの設計の依頼だったという。
実は院長先生は当時、すでに別な会社と計画を進めていたが、工事費が予算に収まらない、コミュニケーションもうまくいかないなど、開業が見通せない状況に陥っていた。そのような状況の中で、信用できる人に託したいと考え、建築家になっていた高野さんに連絡をとったのだ。
一方の高野さんは30年ぶりの再会と依頼に、すんなりと仕事を引き受けられない気持ちがあったという。これまで主に企業や組織を相手に仕事をしてきた高野さんにとって、友人との仕事には別の難しさがある。設計を進めていくには、なあなあな関係では済ませられないことや、お金の話もしなければならない。しかも一度うまくいかなかった後だけに、期待値は高くなる。「本当に私であるべきか」と高野さんは悩んだ。そこで、コンサルタントとしてフォローする方法や、基本設計までを担当して後を施工者に委ねる方法もあると伝えたのだという。
それでも院長先生の答えは変わらなかった。「君の思うとおりやっていい」。
30年会っていなくても、院長先生にとって高野さんは、高校時代から変わらない「信頼できる男」だったのだろう。
「すごくうれしかった」と高野さんは振り返り、その思いに応えようと決めた。
こうして始まったクリニックの設計。院長先生の要望は大きく三つあった。まずは訪れる患者さんへの配慮。他人と顔を合わせたくない、通院を知られたくないといった思いを抱えて訪れる人が多い。院内での待合などにも配慮が必要だった。次に、近隣への配慮。クリニックの開院は歓迎されることが多いが、心療内科となるとネガティブな声が上がることがあるという。そして、計画がスタートしてから年月が経ってしまっている中、しっかりと開院までのスケジュールを定め、守ること。
これまで心療内科にかかったことがなかった高野さんは、まず院長先生に他院の事例写真を見せてもらった。そこで目にした待合に、高野さんは衝撃を受けたという。
椅子は一つずつ離れて置かれ、何もない壁の方を向いていたり、パーティションで囲われていたりする。それ自体は一般的な心療内科の光景だった。だが、そこで待つ患者さんの姿を想像したとき、高野さんは「私だったら行くのは嫌だな」と感じた。そして思った。「こうじゃない」と。
設計のヒントは図書館にあり
対話を重ねて納得へと導く仕事の流儀
高野さんがヒントにしたのは図書館だった。非常勤講師を務める大学で、学生に図書館の設計課題を出していた高野さんは、図書館について調べる中で、ある言葉に出合う。
図書館は「ひとりなのにひとりじゃない場所」であり、「ひとりじゃないのにひとりでいる場所」だというのだ。本を読むだけなら家でもいい。それでも人は図書館に足を運ぶ。
「まさしくここはそうあるべきだな」と高野さんは思ったという。互いに距離は保ちながら、孤立はしない。そんな図書館やブックカフェのような、心地のいい待合を提案した。
この提案に対して、院長先生の反応は、「そんな観点はなかった」「なるほど」という好印象だったと高野さんは振り返る。
では、このような待合を、どう建築にするのか。実はこのとき、高野さんの頭の中には、すでに完成形に近いイメージができあがっていた。その起点は、一枚の断面スケッチだった。
高野さんはコンセプトを考えるとき、ほぼ間違いなく断面から入るという。「会社員時代には、後輩から『断面マニア』と呼ばれていたこともあるんです」と高野さんは笑う。
スケッチに描いたのは、L字の壁と屋根を少しずつずらして重ねる構成。人を箱に閉じ込めるのではなく、L字で囲いながら、ずれから生まれる隙間を幾重にも重ねて、一人ひとりの居場所をつくる。囲われた落ち着きと、隙間から光や音、気配が届く開放感が、このクリニックにふさわしいと考えた。
そして断面をもとに平面図を描いて模型をつくり、ここは閉じすぎ、ここは切れた方がいいと鉛筆で印をつけながら検討を重ね、「これでやれそうだな」とたどり着いた。
平屋であることも、この構成を後押しした。2階3階といった積層する建物は、各階の天井高がそろいがちだ。上に何も載らない平屋なら、場所ごとに高さを自由に変えられる。
「せっかく上を使えるのに、ただのっぺりとしたものにするのはもったいない」と高野さんは話す。
敷地の条件も設計を左右した。一帯は埋蔵文化財包蔵地に指定されており、建物を建てる深さまでに文化財がないかを確認しなければならない。もし出てくれば、調査費は原則として施主の負担となり、工事も止まる。開院のスケジュールを守るためにも避けたい事態だ。そこで高野さんは、掘削を約55cmに抑える計画とした。役所に相談すると、その深さなら普通は出ないとの見立てだった。
さらに地盤調査では、本来なら6~7mほどの地盤対策が必要という結果が出たが、建物を軽い木造平屋とし、沈下計算で確かめたうえで、地盤対策不要で建てられるようにした。
配置は、建物と駐車場の位置を変えた3案を用意した。説明に使ったのは、周辺の建物まで含めて青いスタイロフォームでつくった模型だ。図面では敷地境界線がくっきり見えるが、模型ではほとんど意識されない。周辺と同じ色で並べることで、建物のボリュームが周りとどう釣り合うかが一目で分かる。
採用されたのは、Y字路の先端側に建物を置き、広い側を駐車場とする案。近隣の建物からほぼ等しい距離を保てる位置だ。ボリュームも中央を高く周りを低く小分けにすることで、周辺の昔ながらの農家住宅になじませた。
設計段階において、高野さんは頭の中にあるイメージを一度にすべて見せることはしない。通常は2週間に1回の打ち合わせで、配置、平面、立面・断面、内外装と段階を踏んで説明していく。今回のように完成形が見えていても、少しずつ伝えていった。一つひとつの段階で施主の考えを確かめながら、共に形にしていきたいからだ。そうすれば、最後になって方向が大きくずれるような手戻りも防げる。
そして、それぞれの段階では複数の案を示すことが多い。それには二つの理由がある。自分でもどれがいいか迷うときは、並べて施主と話しながら決める。本命が決まっているときは、その良さを客観的に示すために比べる案を用意する。今回の配置3案は後者だった。採用された案こそ、高野さんの本命だったのだ。案が一つしかなければ、施主には自分で選んだという実感が残らない。「余地は残さないといけない」。施主と対話を重ねながら納得へと導く。それが高野さんの仕事の流儀だ。
高窓の光と木の梁がつくるやわらかな空間
条件ごとに最適解を探す建築家の姿勢
清涼感のある白を基調に、高さや張り出しの異なるボリュームが寄り合う外観。屋根と一部の壁をガルバリウム鋼板でそろえ、L字の壁と屋根の重なりが外からも読み取れる。窓は横長の高窓と足元の地窓。中の様子はうかがえないが、光はしっかり取り込んでいる。完全に閉ざせば、かえって地域に不信感を与えかねない。日が暮れると、窓からこぼれる明かりが建物の気配をそっと周囲に伝える。
木の柱がのぞく玄関の扉を開けると、空気は一変する。センター待合は、木に包まれた空間だ。「せっかく木を使うのであれば、そのまま見せた方がいい」と高野さん。見上げれば木の梁が幾重にも渡り、その隙間から高窓の光が落ちてくる。梁に沿った照明が木肌を温かく照らし、白い壁に反射した光がやわらかく降りてくる。
待合の一辺には、本棚を兼ねた木摺り壁が立ち上がる。細い横板を少しずつ透かして張った壁越しに、向こう側の光や気配がかすかに届く。小さな棚には絵本や雑誌が表紙を見せて並び、つい手に取りたくなる。棚板は動かせるので、飾るものに合わせて並びを変えられる。実はこの裏側が診察室への出入り口。患者さん同士が顔を合わせないよう隠しながらも、人の動きはなんとなく伝わる。
「ただの壁にならず、気持ちのいい壁になってもらえるといい」と高野さんが語ったように、図書館のイメージがここに具現化された。
その脇には、ドット柄のガラスでL字に囲われた個室待合。付き添いの人と二人で待てる部屋で、中の姿はぼんやりとしか見えないが、閉じこもった感じはない。足元の地窓からは、植栽の緑がのぞく。
さらに奥へ進むと、木片が重なり合うOSB合板の壁が現れる。天井の木が、そのまま壁へと降りてくるイメージだという。その一角にあるプライベート待合は、ひとりで訪れる人のためのカウンター席。思い描いたのはブックカフェだ。手元にはコンセントがあり、目の前の壁から視線を上げれば、横長の高窓に空が切り取られ、雨の日には雨の気配も届く。同じ壁向きの席でも、座らされているのではなく、自分で選んで座っている。高野さんが違和感を覚えたあの待合とは、似て非なる場所だろう。
木摺り壁の裏の通路には、木の番号札を掲げた診察室が並ぶ。患者さん用の扉は木、スタッフが行き来する診察室内の裏動線の扉は壁と同じ白。さりげない色分けで、人の流れを分けている。
そして奥にあるのが、カウンセリングルーム。窓の外には白い囲いに守られた坪庭があり、葉を透かした光が床に揺れる。道路からの視線を気にせず、外とのつながりを感じられる静かな部屋だ。
開院後、患者さんは順調に増え、院長先生は忙しくしているという。今も、処置室にカーテンレールをつけたい、監視カメラを設置したいといった小さな手直しのたびに連絡が来る。自分の建物なのに、設計者を大事にしてくれる。そのことを、高野さんはありがたく感じているという。
高野さんが手がけた作品を見ると、どれも趣が異なり、一つとして同じようなものがない。それは、土地も施主も違えば、何を重んじるかも変わるからだ。その都度いちばんふさわしい答えを探すから、決まったスタイルは持たない。「逆にそれが僕のスタイルだと思う」と高野さんは語る。
同時に大切にしているのが、根拠のあるデザインだ。たとえば吹き抜けを提案すれば、「寒くないですか」と聞かれる。そこでシミュレーションの結果を示せれば、施主は安心できる。自分の感覚だけに頼らず、理由を持って説明する。それが施主の不安を取り除き、自分自身がぶれないことにもつながる。
ひとりでいながら、ひとりではない。「こうじゃない」から始まったクリニックは、来院者が「わざわざ訪れてよかった」と思える場所を目指して、今日も患者さんを迎えている。
撮影:野村 和慎
基本データ
| 作品名 | 真心クリニック佐賀 |
|---|---|
| 所在地 | 佐賀県吉野ヶ里町 |
| 敷地面積 | 450㎡ |
| 延床面積 | 140㎡ |
| 施主 | O様 |
設計者情報
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