
無限の可能性を秘めたシンプルな構造。
多様なスケール感が居心地いいカフェ
テーブルのような構造体を重ねて
変幻自在な空間をつくる
その理由はご依頼の経緯に遡る。クライアントであり、現在このカフェの店主でもあるY様はご高齢の女性。カフェの建設は、いつか自分でお店をやりたいという夢を叶えるためだった。ご自身はそんなに長い間お店をやることはないかもしれないとお考えのようだったが、建築物は一度そこに建つと長い間残るもの。Y様から引き継ぐ人が商売替えをする、または住宅としてその場所を使用したいという場合もあるかもしれない。「どのような状況になっても、一度全部壊して建て替えるのでなく建物は残ればいいなと思いました」と五十嵐さん。建設にあたり2社が参加したコンペにて、五十嵐さんはY様のご要望はもちろん、この思いを反映したプランを提案し、見事勝ち取った。
「今あるガラスや壁を全て取り払っても建物は残る」という一見不可能に思えることを可能にしたのは、「テーブルストラクチャー」と呼ぶ構造だ。天板の大きさや足の長さが違うテーブルを重ねたり並べたりするイメージで、建物の枠組みをつくる。カフェは4つのテーブルで構成され、一番低いテーブルが床を担い、他の3つのテーブルが天井になっている。当初2階建てにする案もあり、結果的には1階建てになったが建物の枠としてはその2階建ての案が色濃く残ったものになった。だからいずれ別の用途に使うことになったとき、下から2枚目の天板を床にして2階建てにもできるのだそうだ。そればかりか、理論上は上にテーブルを重ねてビルのようにしたり、横に重ねて面積を広くすることも可能。壁の位置やガラスの位置は自由に変えられるし、設備や電気の配線、配管も構造体の制限なく自由にメンテナンス、更新が可能になっている。
テーブルストラクチャーによりできた空間は、Y様が理想とする店内の雰囲気づくりにも役立っている。
Y様のご要望のひとつが「客席から海が見えること」。海沿いに立つカフェだが、堤防があり平屋では海が見えない。そこで、着席した状態で海が見えるよう、床を担うテーブルは1mほどの高さに設定。お茶をいただきながら雄大な景色を楽しめるようになった。
もうひとつが「店内に木を植える」というご要望だ。しかし、木の高さに合わせ一般的な箱型の建物をつくろうとすると、ものすごく天井が高く広い、カフェとしてはプライベート感の足りない内部空間になってしまう。その点でも、テーブルを重ね、カフェの中心に植えた木の真上まで段階的に天井を上げる手法が有効に機能している。木のために必要な高さは確保しつつ、落ち着いた時間を過ごしてほしい客席は一番低い天井の下に設置することでそれが可能になるのだ。
テーブルストラクチャーは複雑に思えるかもしれないが、その実は全て垂直水平の展開でシンプルな構造。「費用を抑えるという意味でも、シンプルにつくりたかったのです」と五十嵐さん。素材は打ち放しのコンクリートとガラス、居心地の良さや建物の性能を重視しガラスは全てペアガラスにすると決めた。が、ペアガラスはアルミサッシなどの枠を付ける必要があるため余計な費用がかかる。そこで枠をつけずに設置できるよう緻密に計算しつくりかたを工夫、コンクリートに直接ガラスを取り付ける構成にした。これも平面で構成されたシンプルさゆえにできたことだそうだ。カフェのオープン後のことも考慮した。大きい空間になればなるほど、空調などのランニングコストがかかる。シンプルな構造は、トータル的な費用の抑制にも一役買っている。
屋外から室内へ、再び屋外へと向かう意識
曖昧だからこそ際立つ居心地の良さ
木の高さに合わせ、室内空間は一番高いところで約4mある。一般的な2階建ての吹き抜けほどのスケール感で開放的だ。逆に客席があるエリアの天井はぐっと低く、落ち着いて食事やお茶を堪能するのにちょうどいい「篭もり感」があるが、窓の外に目を向ければ庭の植栽越しに海が見え、これまた気持ちがいい。営業時間の大半を占める昼間はあらゆるガラス窓から豊かに光が入り、その光がコンクリートを反射して一番上の天井は天窓が開いているのかと錯覚するほどに明るい。
カフェに入店したお客様は、室内の中心へ入り込むほど空間は開放的に、さらに木も植えられていて屋外を感じる。客席のある窓際へ進むと、外が近づいているはずなのに空間はプライベート感があるものに変化、しかし窓の向こう側には本当の屋外の風景が広がっている…。なんとも不思議な体験をすることになるだろう。
この不思議な感覚も、もちろん五十嵐さんの意図するところだ。童話に出てくるガリバーやアリスのように、自分が空間の中でいつのまにか大きくなったり小さくなったり、スケール感をグラデーションで変化させたいという狙いがあった。「そういうスケールの感じ方を少し工夫するだけで、空間がちょっと新しいものになったりするんです」
日が落ちてからは、少し暗めの照明でムードがある店内へと変身する。店内ではライトの数が少なく、そのかわり建物のガラス張りの部分を囲むように、屋外にずらっと並べてライトを設置した。この屋外の光が、太陽光と同じようにコンクリートに反射し店内を照らす。
店内にライトが少ない理由は「目立った照明があると、どうしてもその下に客席を設けなければなりません。室内と屋外が曖昧な空間のなかで、客席が固定されてしまうのはコンセプトに合わないですよね」と五十嵐さん。とはいえ、これから店内をもっと明るくする必要が生じた場合には、天井上のライトをいくらでも増やせるようにしてあるのだそう。建物をその時々に合わせ、長く使用するという五十嵐さんのこだわりは、室内空間の使い勝手にも生かされている。
これから店舗や家を建てるとき、クライアントにはぜひその過程も楽しんでもらえるように、そのプロセスもデザインするという五十嵐さん。予算はなくてもデザインされた空間ですごしたい、妥協することなく既製品ではないオリジナルのものを取り入れたいという願いを持つ人は多くいる。予算が少ないから妥協したり、あきらめてしまうのはもったいない。どんな人でもデザインを望むなら、そんな人の力になりたい。費用は限られているかもしれないが、その中でひとつひとつご要望を叶え、クライアント含め関わる人が楽しく、より良いものにしていくのが仕事だと言う。「だからこそプランはもちろん模型やスケッチ、CGも納得いくまでつくりますし、ご要望に関して『こうしたらもっと良くなりますよ』『でもこうしたいんです』というキャッチボールをクライアントとします。建物やクライアントのことを本気で考えているから、もっと良くなると思ったら、たまには喧嘩もする。でもクライアントにもその本気が伝わるから、そうやってともにつくった建物を最後はとても喜んでいただける。それが楽しいんです」。人に恵まれ、構造家の方や設備の方をはじめ本当にいろいろな方に協力、助けてもらいながら建物をつくっていると思っている。「ひとつのチームのような感じで、クライアントもその一員です。そうすると皆でもっと良くしようと、スパイラルアップで建物はどんどん良くなります」と五十嵐さんは語ってくれた。
基本データ
| 所在地 | 広島県広島市宇品 |
|---|---|
| 敷地面積 | 273.5㎡ |
| 延床面積 | 55.79㎡ |
| 予算 | 3000万円台 |
| 施主 | Y様 |
撮影:矢野紀行
設計者情報
この建築家が建てた家
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