
隣地の建物の影響をなくし、抜群の景色を
逆インフィニティプールが叶えた沖縄の別荘
海を望むはずだった土地に訪れた
海側隣地の建設計画という難題
設計したのは、「日常に心躍る空間を。」をモットーとし、住宅から別荘、ホテルまで幅広く手掛ける建築家、Sデザインファームの鹿内健さん。「沖縄に別荘を建てたい。ゆくゆくはホテルにしたい」という希望をもっていた施主のT様を知人が紹介してくれたのだという。
実は鹿内さんにとって、この島はまったくの未知の土地ではなかったという。今回の敷地のすぐ下のほうで過去にホテル建設プロジェクトに2年近く携わっており、周辺の土地勘があったのだ。当初、施主は別のエリアも検討していたが、最初に候補に挙がった土地は崖の上で、階段を長く上らなければならずコストもかさむことから断念。海が見える土地をいくつか探し歩いた末、最終的にこの場所へとたどり着いた。
しかし、この土地には一つの気がかりがあった。海側に隣接する敷地に、別事業者による建設計画があったのだ。「せっかく海が目の前にあるのに、もしかしたら見えなくなってしまうかもしれない」。施主自身はそれほど深刻には捉えていなかったというが、鹿内さんの中には引っかかりが残った。
2階建てや3階建てにして高さを稼げば、視界を確保することはできる。しかし、それではまるでペンシルビルだ。ゆっくり過ごすための別荘として、そしていずれはホテルとして人を迎える場所として、どこか目的とはそぐわない気がした。面積もそれほど大きくは取れない敷地だ。階数を増やせばエレベーターの設置も必要になり、予算はどんどん膨らんでいく。「スーツケースを3階まで運び上げるのか」。そんな現実的な問題も頭をよぎった。ならば、平屋に少しプラスアルファ程度のボリュームで、どう課題を解決するか。鹿内さんは、答えの出ない問いを抱えたまま、しばらく思案を続けることになる。
「玄関に水を流したい」の一言が導いた
遠くの波が、手元へなだれ込む発想
正直なところ、鹿内さんは最初、あまり気乗りしなかったという。沖縄は湿気が多く、室内に水を持ち込むのはリスクが大きい。しかし、その要望をただ却下するのではなく、頭の片隅に置いたまま、目の前の課題である「海との間に立ちはだかるかもしれない隣の建物」と向き合っていた。
最初に考えたのは、単純にまっすぐな壁を立てて視界を遮るというプランだった。だが、それだけでは面白みに欠ける。別荘であれば毎回同じ景色に飽きてしまうかもしれないし、ホテルとして運用するなら、訪れるたびに違うゲストを迎えることになる。
「何か、驚きのある仕掛けが欲しい」
思案を続けていた鹿内さん。そこで、あの「水を流したい」という要望が、目隠しという課題と結びついた。
目隠しとなる壁を垂直に立てるのでは、圧迫感がある。それなら、壁を斜めに立ち上げたらどうか。そしてその先端から水をプールへと流し込む。遠くに見える海の水が、まるでそのまま自分たちのプールへ流れ込んでくるような体験。一般的なインフィニティプールが「向こうへ流れていく」のに対し、これは「こちらへ流れ込んでくる」、いわば逆インフィニティプールという発想だった。
「それはいいね!」施主の反応は早かった。
プランの骨格を一度提案しただけで、計画はスムーズに固まっていった。屋根の形が水平案から三角形を活かす案へと変わった程度で、大きな軌道修正もなかった。打ち合わせはわずか3回ほどで終わったという。間取りもいたってシンプルだ。1人かパートナーと訪れることを想定し、寝室は1室、水回りも最小限。生活動線への細かな要望よりも、「ここでしか味わえない体験」を求める施主の意向を汲んだ設計だった。
1ミリのレベル差にも妥協しない手仕事が
ここにしかない、奇跡の絶景をつくった
車を走らせ、別荘へと向かう。緑の隙間から、無機質なコンクリートの塊が姿を現す。開口を絞り、低く抑えられた屋根。一体何の建物なのか、これがこれから泊まる場所だとは、にわかには信じがたい。
その正体は、邸内に足を踏み入れた瞬間に明かされる。思わず「おお」と声が漏れる。
目の前に飛び込んでくるのは、青く輝くプールだ。その先には海と空の青が広がり、まるで遠くの波が、そのままこの別荘のプールへとなだれ込んでくるかのような連続感。外観からは、想像できない光景が広がっている。
実は、この美しい水の流れには、相当な苦労が隠されているという。「自分で提案しておきながら、自分の首を絞めるほどハードルを上げてしまいました」と鹿内さんは笑う。
足場を組んで実物大のモックアップを製作し、壁の高さを検証。続いて、水を実際に流しながら流れ方を確かめる2度目のモックアップも作った。コンピューターでのシミュレーションは、何度もやったが、水はわずか1ミリのレベル差で、流れ方がまったく変わってしまう。また、循環ポンプからの距離によって水圧に差が出るなど、次々と課題が現れる。最終的には、鹿内さん自身と現場監督が、貼り終えた石をヤスリで少しずつ削り、流れを調整していったという。「もう1削り、2削りかな」。そんなやり取りを重ねながら、少しずつ理想の流れへと近づけていった。
こうして完成した別荘はWaterfall Villaと名付けられた。施主からは「忙しくわずかな時間しか滞在できないが、沖縄の海を感じながら過ごす時間が心地よい」との言葉が寄せられている。
寝室やシャワールームなど、長く過ごさない部屋は思い切って絞り込み、ゆったり過ごす場所を充実させる。そんな施主の思い切りの良さと、斜め壁のアイデアへの即座の理解が、この空間を後押しした。
竣工後、この別荘は当初の想定より早くホテルとしての運用に切り替わった。ホテル建築の経験があり、消防や法規といったホテル化特有のレギュレーションを熟知していた鹿内さんだからこそ、この移行もスムーズに進んだといえるだろう。稼働率は好調で、宿泊価格も1泊6万円、7万円台まで上昇しているという。SNSを通じてこの空間の魅力を知り、訪れたいと考える人も増えているようだ。
「日常に心躍る空間を」。これは、鹿内さんが率いるSデザインファームが掲げるフィロソフィーだ。形や造形そのものが目的なのではなく、そこで何を感じ、何を体験するか。海から水が流れ込んでくるような感覚、五感で味わう非日常。土地が抱えていた弱点を、建築の力でむしろ唯一無二の魅力へと変えてみせた瀬底島の別荘は、まさにそのフィロソフィーを体現した一棟だといえるだろう。
撮影者:鳥村鋼一
間取り図
基本データ
| 作品名 | Waterfall Villa |
|---|---|
| 所在地 | 沖縄県瀬底島 |
| 敷地面積 | 343.03㎡ |
| 延床面積 | 59.07㎡ |
| 施主 | T様 |
設計者情報
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