
里海の暮らしがすぐそこに。
自然の恵みを体感できる店舗併用住宅
道中から高まる期待感
印象的な海がお客様を迎えるレストラン
千葉県館山市、海まで歩いて行ける距離に、県外からくる人々や地元のお客様で賑わうイタリアンレストランがある。レストランのオーナーであり施主でもあるT様は、館山の地に引っ越して10年、地元の食材を使った店を住宅街の一角で営業していたのだそうだ。当時の店も繁盛していたが、「やっぱり海が見える場所でやりたい」と移転を決意、再スタートしたのがこちら。移転とともに住居も移し、自宅とレストランの店舗併用住宅とした。
移転にあたり、T様より岸田さんに伝えられた要望は「いわゆるオーシャンビューではなく、印象的に海が見えること」。「印象的に」という言葉をどうとらえ、表現するか。岸田さんは土地探しから始め、三叉路によってできた変形敷地を選んだという。
その理由を、岸田さんは「T様は館山に移住された当初から、いつかは海が見える場所で、地元の魚介を使った料理をしたいという希望をお持ちでした。その10年越しの思いを、料理からだけでなく建築的にも演出すべきだと思ったのです」と語る。
そこで、レストランまでの道中にストーリーを持たせようと考えた岸田さん。車で来るお客様は県道を海側に入り、古い漁港を見て、気持ちよく広がる海を眺め、釣り人に人気のエリアを通ってこのレストランにたどり着く。そしてメインエントランスから店内に入り、奥へ進むと窓から見えるのは1本の小道とそれに続く海。小道は主に地元の漁師や近くに住む子供が、海へと行き来するために使われているものだ。
お客様はこれから楽しむ食材が、どんな海から、どんなふうに獲れるのかをレストランまでの道すがら想像しながらやってくる。席につくと見えるのは地元の人が行き交う小道と、豊かな恵みをもたらす海だ。レストランを訪れるときも、料理を楽しんでいる間も、里海での暮らしを感じることで「印象的な海の眺め」を表現できると考えた岸田さん。
「建物をつくろうというとき、そこに集う人がどのようにこの建築に行きつくのかということも含めて建築の空間だととらえたほうが、建物のポテンシャルが上がる」と話す。これまでまちづくりや都市コンサルタントに関わってきたからこそ、スケールの大きな提案でT様のご要望に応えることができたといえるだろう。
くの字に曲がったレストランと四角い自宅
三又フォルムですべての要望を叶える
ご要望をひとつひとつ見ていくことにしよう。店内に関する要望に「奥様が描いた絵を飾る場所をつくること」があった。絵を飾る場所では絵に集中してほしいと思うものの、店内からは印象的に感じられる海が見える。そこでくの字を利用し店内をギャラリー的な空間と、窓から海までの景色が楽しめる空間の二つに分けた。ひとつの大きな空間をゆるやかに分けたことにより、一方をご予約のパーティー、もう一方をフリーのお客様のお席にするなど客席の使い勝手もとてもよいという。
「サービスを効率的に行うこと」、これについてもくの字が生きている。くの字の中心部に厨房との出入口を設け、どちらの方向にも店員がアクセスしやすいようにした。店員が出入口のあたりで待機すれば、どの席のお客様の様子にも気を配れるだけでなく、お客様からも店員の居場所がわかり、声が掛けやすい利点もあるという。
厨房がある中心部は四角い2階建てになっており、自宅もあわせて配置した。厨房があるため自宅のキッチンは最低限の設備にするなど、コンパクトながら使い勝手の良い空間になっている。レストランのトイレや自宅の水回りなどをまとめ、設備の配管ルートを短くすることで建物の全体的な予算を抑えた。
また、建物は三叉路の道路のうちの1本と平行に建物の壁を配置するように調整し、間に駐車場をつくった。建物がガイドとなって直角に駐車しやすいばかりか、車が整列するため景観を美しく保つことに一役買っている。「店内からも駐車場が見える窓があり、車好きやバイク好きの方がご自分の車やバイクを眺めながらお食事されることも多いようです」と岸田さん。
建物が三又になっているおかげで、店舗の庭と駐車場のほかにもうひとつ、プライベートな庭を確保でき、T様に喜ばれたそうだ。プライベートな庭は建物と隣家の擁壁に囲まれ、道行く人やお客様の視線を気にせずに洗濯物を干したり、お子様が遊んだりできる。
自宅に関する大きなご要望は、「夫婦そろって仕事をしながらでも子どもの様子がわかるようにすること」。1階の厨房に隣り合うように居間を配置し、お子様が宿題をしたり遊んだりしている気配を感じられるようにしたという。
2階は将来、お子様が大きくなった時のために寝室を仕切って二部屋にできるよう考えられている。海を見ながら暮らしたいというT様の長年の夢を叶えるため、サンルームもしつらえた。T様からは「独特な形をしているけれど、要望を合理的に100%叶えてくれた」と喜びの言葉をいただいたという。
「形」のデザインを通して、
「暮らし」をデザインする
実際にお施主様に提案するまで、100案を超えるスタディを繰り返すこともあるのだとか。「最初は長方形から始めるのですが、一般的な四角い建物だと要望をかなえきれないことが多いですね。要望をそこに全部入れてみると、破綻する場所が出てくるんです。そこから派生してこういう形はどうか? と検証を繰り返すと、あるときばちっとすべてはまる形ができます」と岸田さん。そして「僕のデザインは、独特な建築のためのデザインではなく、お施主様の要望を叶えるデザインです。その結果、独特な建築になる場合もあるし、一般的な四角い建築になる場合もあります」と続ける。
要望を全て叶えることにそこまでこだわる理由を尋ねた。
「お施主様のご要望は、お施主様の“その家族らしい暮らし”に必要不可欠なことなんです」。例えばT様ご一家は海が好きで、海と関わりながら生きていきたい気持ち、海と一緒に仕事をしながら暮らすという将来のイメージがあった。それはT様にとっての“その家族らしい暮らし”であって、様々な要望はその暮らしを獲得するために出てきたものだから叶えなくては、というのだ。
“その家族らしい暮らし”というのは、深く読み解くと、その家族のアイデンティティに関わることにつながっていくと岸田さんはいう。それを形にするために、お施主様と図面や模型、CG、モデリングを通して会話する中で、ぼんやりとしたイメージを具体的なイメージにまとめていく。
「僕は家の形のデザインを通して、暮らしをデザインしていると考えています。何か難しいことのように感じるかもしれませんが、僕の経験上、“その家族らしい暮らし”は、お施主様にとっての“普通の暮らし”であることが多い。だから、その家族がその家族らしく普通に暮らしていくには、どのような空間であるべきなのかを深く追求してデザインしているのです」
都市やまちと建物、そこに住む人との関係を繋ぎ、切れ目ない空間デザインに努めてきたというあわデザインスタジオ。以前より土木設計会社とも連携していたが、近ごろ岸田さんもその会社に入り、土木の設計も行っている。「これまでは、今ある土地の状態から最適解を見つけることしかできませんでしたが、建築のために斜面に盛土をするとか、造成から提案できるようになったのはとても大きいと思います。今後は土木デザインと建築デザインが融合した複合的なデザインにも挑戦していきます」と決意も新たに語ってくれた。
コンサルティングに加え、土木設計という新しい武器を手に入れた岸田さんのこれからの建築デザインが楽しみだ。
基本データ
| 所在地 | 千葉県館山市 |
|---|---|
| 敷地面積 | 392.77㎡ |
| 延床面積 | 118.48㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども1人 |
| 予算 | 2000万円台 |
撮影:平林克己
設計者情報
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