つくるのは、住まいではなく暮らし
今見直される、これからの暮らしのカタチ
いち早く都心の喧騒を脱し、ワークライフバランスを確立されている建築家、増木奈央子さん。
街にいながらも、自然豊かな環境でゆったり過ごす「トカイナカ」暮らし。
そこには、ポストコロナに相応しい、人間本来の暮らしがあった。

増木 奈央子
ますき なおこ
市中山居 一級建築士事務所
埼玉県 所沢市山口
<住まいへのこだわり> 細部まで心を配り、さり気なくデザインし、丹精に造り込んだ住まいは、仕立ての良い麻のシャツのように、様々なコーディネートを楽しめ、着る人を美しく引き立てます。 心地よさ、落ち着き、気品があり、澄み切った空気が流れる住まいを設えます。 <私の暮らし> 庭のブルーベリーやチョークベリーでジャムを作っています。 剪定した草木を器に生け、部屋に飾るのが好きです。 猫のように、時間ごと、季節ごとに居場所を変えて、ゴロゴロしています。
豊かな自然と「向こう三軒両隣」
心安らぐトカイナカ
「市中山居」とは、人々が暮らす市中に山の風情を感じる庭や茶室を築き、一期一会を味わったとされる千利休の世界観をあらわした言葉。街に住みながらも自然と 共に暮らすことを望む人々が、自分らしい暮らしを実現できるように設える、そんな思いが込められている。
増木さんとご主人は、元々は都心のマンションに暮らしていた。職場へ通いやすく、駅からも近くお店も多いなど、利便性の高い場所ではあったものの、騒音や殺風景な眺めなど、心休める場所ではなかったという。「自然に抱かれ、生き返る場所」を探し、100箇所以上の土地に足を運び、たどり着いたのが所沢の地だった。
この街は、緑豊かな樹木が生い茂り、となりのトトロのモデルでもある八国山の四季折々の景色、近所の寺の鐘の音など、心穏やかな気持ちにさせてくれる場所。さらにここには「向こう三軒両隣」があった。大人たちが井戸端会議する。子どもたちが遊ぶ声が聞こえる。年に数回、バーベキューや流しそうめんといったイベントもある。取材で訪れた際も、ご近所さんから「こんにちは」と声をかけられたり、すれ違う子供が軽く会釈をしてくれる、そんなアットホームな雰囲気の街だった。豊かな自然と温かい人々。増木さん夫妻もそんな街の魅力の虜となり、ここに居を構えたのだという。
居場所は1つじゃない
各々が心地よく感じる場所に
大きな掃き出し窓を開くと、広いテラスが現れる。吹き抜けの天井と相まって、とても開放的な空間に早変わり。庭の緑、そよぐ風、鳥や虫のさえずりなど、自然の中にいるという実感が湧いてくる。大谷石の土間が玄関からLDK、テラスまで連なるのは、民家の通庭(とおりにわ)のように、ご近所さんが集う開かれた場所にしたかったそうだ。
振り返ると、そこに鎮座しているのは、薪ストーブ。薪ストーブは、ただ空気を温めるだけの暖房器具ではない。「薪ストーブは、三度からだを暖める」という言葉がある。まず一度目は、薪割りの時。自らの手で薪割りをすることで、無心になれストレスの解消にもなる。二度目はストーブとして体や部屋を暖めるとき。そして三度目は、ストーブ料理を味わうとき。
「冬になると、ご近所さんをお招きして薪ストーブ料理を一緒に味わうのが恒例になっています」と増木さん。
さらには、薪が燃えるときの炎のゆらめき、爆ぜる音、薪の香りが、心まで暖めてくれる。
階段を昇り2階に上がると見えてくるのが、市中山居の事務所ともいえる図書室(ワークスペース)。奥の隠れ家的スペースには、壁一面に書棚があり、たくさんの本や資料が並ぶ。そして2階で最も心地よいスペースが、部屋の奥に広がる空庭と名づけられたアウトドアリビング。遠くの八国山の風景が見え、開放的ながら、低い天井、程よく切り取られた開口によって、落ち着きのある空間だ。夏になると西武園ゆうえんちの花火も見られるという。
「花火を見ながら、ビールを飲むのが夏の楽しみの1つです」と増木さん。
開口と一体となったカウンターが設えてあったり、視界を遮らないよう手摺が着脱できるという細かな工夫もなされているのだという。
この住まいで何度も感じたのは「ここに座っていたい」「ここからの景色が好きだな」という場所がいくつもあることだった。この住まいには「いつもソファーに座る」というような定位置がない。どこにいてもよくて、そのどこもが心地よいのだ。実際、増木さんとご主人も、毎日いろいろな場所で過ごすのだという。ダイニングでご飯を食べるだけでなく、テラスに出したテーブルでいただく、書棚で読み始めた本をテラスやアウトドアリビングで読む、仕事だってダイニングテーブルで行うことも。また季節によっても居場所は変わり、寝室も夏と冬とで変わるのだという。暑い夏は2階の夏の間でアウトドアリビングから風を取り入れ涼しく。寒い冬は、ストーブで温まった1階の冬の間でといった具合に。
住まいという限られた小さな空間であるにも関わらず、さまざまな景色、いくつもの居場所がある、心を豊かにさせてくれる住まい。そんな住まいを作り上げてしまう増木さんの力量には感服するばかりだ。
自らの体験をリアルに語り
お客様の安心と信頼を育む
「この自宅が、市中山居のモデルハウスです」と増木さんは語る。
実際、見学会を随時開催し、訪れた方にこの家の設えや環境を、目で見て、手で触れて、肌で感じてもらうという。さらには舌で味わってもらうことまで。またこの家で、自分たちがどのように暮らしているかというリアルを伝えている。実際に生活する者からの言葉は、施主にとってとても心強く、安心感と信頼をもたらすに違いない。
市中山居は、ただ建物をつくるだけの建築事務所ではない。土地探しや資金計画といった下ごしらえを支えるサポーターでもあり、「トカイナカ暮らし」のリアルを伝える伝道者だ。市中山居は「暮らし」をつくっているのだ。
奇しくもコロナ禍によって人々の働き方が変わった。テレワークが推奨され出社せずに自宅などで仕事をする人が増えた。毎日の通勤を前提とした都会暮らしの必要性も薄れてきた。そうなれば、より良い住環境を求め郊外に住むという選択肢も増えることだろう。まさに増木さんが、ひと足先に実現していた「人間本来のあるべき暮らし、自然体な暮らし」にシフトチェンジする人が増えるのだ。
市中山居が設える暮らしが、これからのスタンダードとなるに違いない。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 通庭が楽しい家 |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県所沢市 |
| 敷地面積 | 140.03㎡ |
| 延床面積 | 92.76㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 3000万円台 |
| 施主 | M邸 |
設計者情報
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