開放感も距離感もかなえた斬新な設計
次世代のニーズも満たす、しなやかな二世帯

洗練された商業建築を思わせるこちらの建物は、大阪市内にあるお寺の住職さんの二世帯住宅。高度なスキルを駆使した斬新な設計で、「二世帯の適度な距離感」「間取りの可変性」など多くのメリットを生み出した。その驚きのプランニングとは?

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垂直ラインが美しいモダンな外観
連続する袖壁で、ほどよい距離感

蘆田暢人建築設計事務所、川上聡建築設計事務所の共同設計で建築された「長源寺の庫裏」は、その名の通り、大阪市内にある浄土真宗大谷派 長源寺の住職さんの住まい。築年数を経た以前の庫裏を建て替えることになり、施主さま一家とご両親が住む二世帯住宅が計画された。

完成した新居の外観は、上品なライトグレーに木のアクセントを効かせたモダンなデザイン。中でも人目を引くのが等間隔で連続する袖壁だ。例えば子世帯のファサードは壁が多く、ともすれば素っ気ない印象になりそうなのだが、リブ状に並ぶ袖壁の垂直ラインが洗練された個性を生み出している。反対に、道行く人から見えない中庭側は、ほぼ全面がガラス窓。「連続するものの美しさ」を体現する袖壁とガラスの繊細なイメージが融合し、高級ホテルやレストランを思わせる素敵な佇まいとなっている。

いずれにせよ道路側も中庭側も、袖壁はこの家を印象付ける外観デザインの要といっていいだろう。ところが、「袖壁をつくろうと思ったきっかけは、デザイン的なことではないんです」と蘆田さんは話す。

二世帯住宅である「長源寺の庫裏」は、どちらの世帯からも中庭の桜を楽しむことができるよう、親世帯・子世帯がL字で中庭を囲み、渡り廊下でつながるプランとなっている。だが、L字で世帯を分けた住宅は、意外と互いの家の中が見えやすい。

「そこで、外壁に袖壁を設け、視線を制御しようと考え付いたわけです」と蘆田さん。家の外側に適度に袖壁を設ければ、ほどよく視線をカットして他方の家の中が見えにくい。それでいて、正面の中庭にある桜や緑はストレートに楽しめて、開放的な視界が守られる──。

つまり、視線をコントロールするために思い付いた袖壁を、蘆田さんたちは外観デザインにも生かしたというわけだ。一石二鳥のアイデアにさすが!と楽しい気持ちになるが、話はここで終わりではなかった。さらに詳しく伺うと、この袖壁にはまだまだ重大な役割があったのだ。
  • 親世帯(写真手前)はお寺(写真奥)と近いため、和の建築とのバランスを考慮して外観をデザイン。外壁はモダンな色使いだが、ゆったりとした大きな屋根と深い軒がお寺の軒と調和し、2つの建物が見事に馴染んでいる

    親世帯(写真手前)はお寺(写真奥)と近いため、和の建築とのバランスを考慮して外観をデザイン。外壁はモダンな色使いだが、ゆったりとした大きな屋根と深い軒がお寺の軒と調和し、2つの建物が見事に馴染んでいる

  • 子世帯のファサード。道路側はほとんど壁だが、袖壁がリブ状に並ぶデザインでモダンな印象に。この袖壁はラーメン構造の柱を外部に出したもので、袖壁の木の部分も構造体の梁。どちらも建物を支える重要な役割を果たしつつ、外観に華やぎを添えている

    子世帯のファサード。道路側はほとんど壁だが、袖壁がリブ状に並ぶデザインでモダンな印象に。この袖壁はラーメン構造の柱を外部に出したもので、袖壁の木の部分も構造体の梁。どちらも建物を支える重要な役割を果たしつつ、外観に華やぎを添えている

  • 子世帯の中庭側の外観。耐力壁を多用せずにすむラーメン構造のおかげで、大胆に窓を取ることができた。窓がずらりと並ぶオープンな印象の外観は、洗練されたホテルやレストランを思わせる

    子世帯の中庭側の外観。耐力壁を多用せずにすむラーメン構造のおかげで、大胆に窓を取ることができた。窓がずらりと並ぶオープンな印象の外観は、洗練されたホテルやレストランを思わせる

  • 大阪市内にある浄土真宗大谷派 長源寺を空から撮影。太陽光のパネルを載せているのが庫裏の子世帯、グレーの屋根がかかっているのが親世帯。2つの世帯はL字のプランで分かれているが、どちらも中庭の大きな桜を眺められる配置となっている

    大阪市内にある浄土真宗大谷派 長源寺を空から撮影。太陽光のパネルを載せているのが庫裏の子世帯、グレーの屋根がかかっているのが親世帯。2つの世帯はL字のプランで分かれているが、どちらも中庭の大きな桜を眺められる配置となっている

「要素は少ないほうがいい」
多くのメリットをもたらした袖壁の正体

「長源寺の庫裏」は住職の仕事と同様に、世代を超えて受け継がれていくことが想定される住まいだ。言い換えると「途中で住む人が変わる」ことが大前提。人が変わるのだから、そのときは住まいに対するニーズも変わる可能性が高い。そのため蘆田さんたちは、間取りの可変性をはじめとするリノベーションの自由度も強く意識したという。

しかし、この家は木造住宅であり、木造住宅は建物を支えるために必要な壁(※耐力壁という)をバランス良く配して耐震性を高めるつくり方が一般的。間取りを変更したくても「この壁は耐力壁だから動かせない」といった課題が生じやすい。

検討の結果、次世代が「動かせない壁」に悩まないですむように、蘆田さんたちが採用したのがラーメン構造だ。大きな柱で建物を支えるラーメン構造は耐力壁を多用しないので壁の取り外しがしやすく、間取り変更の自由度が格段に高まる。ただし、大きな柱が必須なため「部屋の中に太い柱が出てきて邪魔」という状況が起きがちでもある。

ここで、外観デザインの要である先述の袖壁を思い出していただきたい。あの袖壁は、実はラーメン構造の大きな柱。蘆田さんたちは建物を支える柱を部屋の外に出すことで室内をすっきりさせ、さらには、視線制御や外観デザインに役立つ袖壁としても活用したのである。

「住宅は住む人によって完成されていくものだと思うので、生活を束縛する建築的な要素は少ないほうがいいと考えています。今回の『長源寺の庫裏』も、視線を制御するものとリノベの自由度を高めるものが別々にあると、要素が増えて空間のフレキシビリティが損なわれてしまう。1つの要素に必要な役割を重ねられるなら、それが一番だと思うのです」

蘆田さんはそう話してくれたが、言うは易く行うは難し。まず、「柱を外部に出したラーメン構造」という発想自体が斬新で大胆。しかも、この1つの操作で「耐震」「柱の凹凸がない開放的な空間」「間取りの可変性」「視線制御」「外観デザイン」という5つのメリットを享受する。こんなことを思いつき、実現できる設計者は巷にどれくらいいるのだろう。つくづく、蘆田さんたちの発想・知見・技術のレベルの高さに恐れ入ってしまう。
  • 親世帯のLDK。柱を外に出したラーメン構造なので、室内は柱による邪魔な出っ張りがなく、すっきり広々。写真左奥は書斎と客間。同じく写真左の掃き出し窓の先には桜のある中庭が広がる

    親世帯のLDK。柱を外に出したラーメン構造なので、室内は柱による邪魔な出っ張りがなく、すっきり広々。写真左奥は書斎と客間。同じく写真左の掃き出し窓の先には桜のある中庭が広がる

  • 親世帯のLDK。天井は最大で約4mもの高さがあり、平屋なのに抜群の開放感。写真奥には寝転がったり床座でくつろいだりできる畳の小上がりがある

    親世帯のLDK。天井は最大で約4mもの高さがあり、平屋なのに抜群の開放感。写真奥には寝転がったり床座でくつろいだりできる畳の小上がりがある

  • 親世帯。客間から書斎を見る。書斎にはデスクを造作し、ちょっとした書き物作業や読書などができるようにした。大きな窓の外に中庭の緑が広がる居心地の良い空間

    親世帯。客間から書斎を見る。書斎にはデスクを造作し、ちょっとした書き物作業や読書などができるようにした。大きな窓の外に中庭の緑が広がる居心地の良い空間

  • 子世帯のリビング・ダイニング。写真中央奥、庭に見えるグレーの壁は、親世帯の袖壁。この袖壁があることで親世帯の邸内は見えないが、中庭はきれいに見えて開放感を味わえる

    子世帯のリビング・ダイニング。写真中央奥、庭に見えるグレーの壁は、親世帯の袖壁。この袖壁があることで親世帯の邸内は見えないが、中庭はきれいに見えて開放感を味わえる

空間を豊かにするアイデアで
楽しい居場所にグレードアップ

柱を外に出す斬新な設計で住空間をすっきりさせた「長源寺の庫裏」は、もちろん住み心地も抜群だ。親世帯は天井高が最大約4mもある大きな平屋。柱に邪魔されない広々としたLDKのほか、畳の小上がりや書斎など、気分を変えて過ごせる居場所もつくられている。一方の子世帯は3階建てで、1階に配されたLDKは中庭に向かった大開口や吹抜けのある開放空間。リビングはタイル張りの小下がりになっており、中庭と地続きのテラスのような感覚でくつろげる。

子世帯は、2階、3階の廊下も注目したいスポットだ。どちらも広めにつくられており、2階の廊下は正面に中庭の桜が見える場所をカウンター付きのワークスペースとして活用。3階の廊下にはライブラリーコーナーを設け、お子さまたちが自由に使える共用スペースに仕立てている。

「子世帯は、建物配置の関係から横長の形状になっています。主寝室や子ども室のある2階、3階は、廊下の片側に部屋が並ぶいささか単調なレイアウトになりやすいため、廊下も楽しい居場所にしたいと思ってご提案しました」

高難度の設計でいくつものニーズを同時にかなえるスゴ技は蘆田さんたちの真骨頂だ。けれど、この廊下のように柔らかな発想と小さな工夫で、凡庸になりがちな空間を楽しくする手間も惜しまない。技術もアイデアも多くの手札を持ち、施主のニーズに合わせて最適なカードを切ってくれる──。「長源寺の庫裏」には、そんな蘆田さんたちの設計の魅力が詰まっている。



共同設計:川上聡建築設計事務所
撮影者:笹倉 洋平
  • 子世帯のLDK。写真手前のタイル張り部分はリビングスペースで、一段下げた小下がりになっている。ホッと落ち着く安定感やこもり感に加え、中庭と地続きのテラスにいるような感覚も得られ、心地よく過ごせる

    子世帯のLDK。写真手前のタイル張り部分はリビングスペースで、一段下げた小下がりになっている。ホッと落ち着く安定感やこもり感に加え、中庭と地続きのテラスにいるような感覚も得られ、心地よく過ごせる

  • 子世帯の2階の廊下も贅沢に窓を取った開放空間。廊下は幅を広めに取り、写真手前部分を1階とつながる吹抜けに。奥はカウンターデスク付きのワークスペースとして使えるようにしている。目の前に桜の木がある特等席だ

    子世帯の2階の廊下も贅沢に窓を取った開放空間。廊下は幅を広めに取り、写真手前部分を1階とつながる吹抜けに。奥はカウンターデスク付きのワークスペースとして使えるようにしている。目の前に桜の木がある特等席だ

  • 「長源寺の庫裏」の模型。精密に計算されたラーメン構造によって、耐力壁が不要な造りになっていることがわかる。動かせない壁がなく、将来の間取り変更の自由度が高い

    「長源寺の庫裏」の模型。精密に計算されたラーメン構造によって、耐力壁が不要な造りになっていることがわかる。動かせない壁がなく、将来の間取り変更の自由度が高い

基本データ

作品名
長源寺の庫裏
所在地
大阪府大阪市
敷地面積
1481.76㎡
延床面積
331.32㎡