
建築の力が一役買った
障がいのある人々と地域との共生
裏を返せば、建築の力は社会問題の解決の一助になりうるのだ。「障がいのある人々と地域の共生」というテーマを、建築の力で実現した、建築家高瀬元秀さんの仕事に迫る。

高瀬 元秀
たかせ もとひで
タカセモトヒデ建築設計
三重県 伊勢市
住む人にとって理想の家は異なります。家を建てるということは、これから一生住まうことになる家を「考えていくこと」に他なりません。タカセモトヒデ建築設計ではクライアントとの会話や、敷地の特性からヒントを得て設計を行っていきます。ともに考えていくパートナーとして・・・快適といえる住まいの設計に携わることができればこんなにうれしいことはありません。
施主に「おもしろい」といわしめた
利用者のことを考え抜いた提案
またこのカフェのすぐ隣には、「アート工房ぺがさす」もある。どちらも社会福祉法人あゆみが運営する「生活介護事業所あゆみ」の一部だ。生活介護事業所とは、常時介護を必要とする障がい者が、主に日中に介護を受けながら創作活動・生産活動(仕事)を行う施設のことで、ぺがさすでは、絵画や焼き物などの作品の創作を行っているという。
この建物を手掛けたのは、三重県を中心に活動する建築家、タカセモトヒデ建築設計の高瀬さん。日ごろから付き合いのある不動産会社から、社会福祉法人あゆみが新規開設を予定している事業所の建築コンペに参加してみないか?との誘いがきっかけだったという。
コンペに際して高瀬さんは、その仕様書を読みこむだけでなく、建築予定地を視察し周辺環境を調査。さらには、あゆみが運営する他の施設を見学し「現在の施設の状況」「新施設で叶えたいこと」などをヒアリングしたうえで、提案に臨んだという。
新施設の要望はおもに2つ。障がいのある人の生活介護事業所としてアートワークのできるスペースと、就労の場としてカフェを設けたいということ。そして、その施設は地域に開かれたものが望ましいということだった。
この要望に対し、高瀬さんが提案したプランは、大きな建物の中にカフェと工房を内包するのではなく、あえてボリュームを抑えた分棟形式にして、両者をアベニューで繋ぐというもの。
この提案に施主からも「あなたの提案はおもしろい」とコメントをいただき、並みいる競合他社を抑え見事採用となったという。
「見学時に出会った施設利用者の方々の様子を見て、この人たちが本当に快適に過ごせる施設にしたい。カフェも本気でやるんだという心意気に、建築で応えたいと考え抜きました」と高瀬さん。
カフェは、味よし値段よし居心地よし
予約しないと入れないほど人気に
それでは、高瀬さんがつくった、「生活介護事業所あゆみ」を具体的に見ていこう。
建物は広い敷地の中央に配置した。アクセスの良い北側の大きな道路側に、カフェを訪れる人のための駐車スペース。裏側には職員や送迎バスのスペースと、動線を分けた。車社会なこの地域において、店舗前に駐車スペースがあることは、お客様サービスの大切な要素の1つだ。
建物は、表通りから見ると2棟、裏通りからはそれぞれ違った屋根の4棟のように感じられるが、「シャイカフェ」と「アート工房ぺがさす」が入る2棟とした。通常、こういった建物を建築する際は、大きな1つの箱をつくり、その中でスペース分けて使うことが多い。しかし高瀬さんはあえて分棟を選んだ。その理由の1つが、建物のボリュームを小さくし、圧迫感をなくすこと。周囲は、戸建てが建ち並ぶ地域のため、その街並みに馴染むようにとの配慮だ。
「シャイカフェ」棟と「アート工房ぺがさす」が入る棟の間は、共有のアベニューを設けた。このアベニューは、カフェに訪れるお客さんが、ガラス越しにアート作品づくりに没頭する様子が見れたり、作品を飾るギャラリーにもなる。さらには工房の屋外作業場としても使えるし、テーブルを置けば、カフェのテラス席としても活用可能と、多目的に使える場となっている。
また、カフェの建物をあえて独立させることで、お客さんも入りやすくなる効果が期待できる。
カフェの内部は全体的に木が多用され、柔らかな温もりを感じられる。大きな窓からは陽の光が差し込むほっこり空間だ。仕切りとしても利用されている格子の棚には、「アート工房ぺがさす」で作られた作品が並び、一部は販売もされているという。
店舗奥の厨房は、サービスカウンターと盛り付けカウンターが別になっており、さらに奥には別室の製菓厨房も設けた。使いやすさと衛生面もしっかりと考慮されている。
このカフェでは、ホールスタッフの負担軽減の意味もあり、メニューは「日替わりランチ」「シャイカフェプレート」「お子様ランチプレート」の3種しかないが、「美味しくてお値打ち」と評判で、予約をしないと入れないことも多いほど人気なのだという。もちろん、人気の理由には、このカフェの居心地の良さもあるに違いない。
「繁盛しているカフェで働いている施設利用者の親御さんが、とてもうれしそうな表情だったのが印象的でした。建築家として、自分の作った建物が社会貢献の一助になったようで、住宅の建築とはまた違った、喜びを感じる仕事となりました」と高瀬さん。
廊下は一直線にせずたまりをつくる
事務スペースから、工房もカフェも見渡せる
利用者や職員の動線は、敷地南側から。光あふれる玄関を入ると、目の前のガラス越しに事務室が広がる。利用者の出入りの際、必ず職員の眼に触れるようにとの考えからだ。またこの事務室からは、奥にあるカフェの様子や、工房の様子が見える絶妙な設計となっている。事務室にいても、主要な区画をいつでも視線の先に捉えることができ、「死角」がないようにとの高瀬さんの配慮だ。
事務室の裏手にある利用者用の食堂と工房を結ぶ廊下にも高瀬さんは工夫を凝らした。通常、こういった建物は、等幅の直線の廊下ということが多い。病院や介護施設、学校などのほとんどがそうだろう。しかし高瀬さんは、あえて廊下を少し曲げたり、部分的に幅を変えた。こうすることで、廊下が単なる通路としての役目だけでなく、広場や「たまり」の役割も果たすのだ。
「アート工房ぺがさす」の利用者の中には、精神的に不安定になり、落ち着かなくなってしまう人や、1人で集中したい人がいるという。そういったときに、同じ空間でありながらも籠れるような領域である「たまり」で、落ち着いて作業に取り組めるようにしたのだ。
工房内は天井も高く、カフェ同様に陽の光が降り注ぐ、開放的な空間。こちらも木を多用した柔らかな雰囲気を纏う部屋となっている。利用者の方々も、落ち着いた気持ちで捜索作業に集中できる環境となっている。
この建物の出来栄えに、施主から「木の優しい雰囲気が気に入っている」とコメントをいただいたという。一般的にこういった施設を建設する際は、ゼネコンや設計会社に依頼することが多く、個人の建築家が手掛けることは少ない。ましてやこういった建物を専門に作ってきたわけでもないのならなおさらだ。しかし、高瀬さんは見事に施主の心を掴み、期待に応えて見せた。
高瀬さんの腕による「建築の力」で、障がい者が快適に生き生きと過ごせる場が生まれ、働ける場もできた。その場に、地域の人々が集うようにもなった。とかく周囲と隔絶したものになりがちな生活介護施設が、地域と共生したのだ。
「生活介護事業所あゆみ」の成功は、高瀬さんが誰よりもこの施設を利用する人たちのことを真摯に考えたからに他ならない。その姿勢は個人宅や店舗の設計においても変わらない。高瀬さんは、あなたが望む建物のことを、あなた以上に考えてくれる。
間取り図
基本データ
| 作品名 | アート工房ぺがさす&シャイカフェ |
|---|---|
| 所在地 | 三重県津市 |
| 敷地面積 | 1758.67㎡ |
| 延床面積 | 418.03㎡ |
| 施主 | 社会福祉法人あゆみ |
撮影:Hiroshi Tanigawa
設計者情報
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