
空き家を再び、長く暮らせる家にする。
既存建築の可能性を引き出すワンルームの家
空き家を購入、改修、売却。引っ越しながら
よい家に変えていくヤドカリプロジェクト
結婚と独立を機に、東京から地元の浜松へ拠点を移すことにした白坂さん。引っ越し先の住居について考え始めたころ話題になっていたのが、社会課題としての空き家問題だった。自分で設計した家に住みたいとは思うものの、いきなり新築を建てる余裕はない。そこで、空き家を購入し改修して住むことを思いついたのだという。
築年数の古い家でも、きちんとリフォームすれば資産価値は高まる。「そうしたらその家を売却し、自分たちは次の空き家に引っ越す。それを繰り返せば空き家も1戸ずつ人が住める家になっていくし、私たちは売却した利益を元手に少しずつ大きな家に住めるようになるので、いいアイデアではないかなと考えたのです」と白坂さん。
この計画を、引っ越しを繰り返すヤドカリのイメージから「ヤドカリプロジェクト」と命名した。その第一弾となったのが、がんばり坂の家だ。現在は計画通り売却され、新しい住人が暮らしている。
高い安全性が得られ、資産価値も上がる。
空き家が生まれ変わるスケルトンリフォーム
これだけの築古、かつ、崖がある敷地条件を踏まえると、多額の費用をかけて建て替える、もしくは価格を下げなければ売れないと考えるのが一般的だ。しかし白坂さんはそのどちらでもなく、リフォームして資産価値を高めるというスゴ技をやってのけた。
購入した空き家の資産価値を高めるために白坂さんが行ったのは、家の骨組みだけを残して改修するスケルトンリフォームという方法だ。がんばり坂の家では、隣家に接する東西の壁と骨組みを残し、そこからあらためて基礎工事をしっかりと施した。
ヤドカリプロジェクトの「資産価値を高め、長く住める家をつくる」というコンセプトのもと、補強を徹底して耐震等級3を取得。断熱に関しては、骨組みの外に断熱材を入れる手法を取り入れた。柱と柱の間に断熱材を充填する方法だと、断熱材の内外で急激に温度が変化するため結露することがある。すると、腐食やシロアリ被害が出やすいため、この方法をとった。
冷えを感じやすい土間空間では、床に敷き詰めたインターロッキングブロックの下に断熱材を、玄関扉に透光性があるポリエステル断熱材を入れた。訪れる人からは木造とは思えないほど暖かいと感想を受けたという。
基礎打設時に崖側を立ち上げることで鉄筋コンクリートの擁壁を兼ねさせ、崖の問題はクリアできた。不動産会社の考えでは狭くなる可能性さえあったがんばり坂の家だが、ここでも白坂さんの技術が光る。崖という土地に対して不利な条件を単に解決しただけでなく、床面を1m庭側に広げ、増床したのだ。加えてリフォーム後の家は天井を取り払い、切妻屋根の形をそのまま生かしている。屋根裏だったスペースの一角にはロフトを計画し、さらに生活空間が広がった。
床面積が43㎡だった空き家が増床により57㎡となったことで、長期優良住宅化リフォーム推進事業の55㎡以上という住宅の規模の基準をクリア。がんばり坂の家が長きにわたり安全に、快適に住める家だと正式に認定されたうえ、補助金も得られた。こうした証明を取得することは、売却時の査定額にも影響するのだという。
180万円で買い取られた空き家は白坂さんの力によって自他ともに認める、価値ある家に生まれ変わったのだ。
住まい手が変わっても、使い方が変わっても
運用しやすいシンプルな間取り
改修設計を始める前には市場調査を実施。結果をもとに、住宅としてのみ使用する以外に店舗兼住宅でも対応できるよう、間取りはシンプルなワンルームとした。土間、リビング、水回りを面積の3分の1ずつに当てはめて、大らかにエリアを分けた自由度の高い空間となっている。シンプルゆえに、目的によって間仕切りを変更することも容易い。
庭がある南面は以前の家にあった縁側と掃き出し窓の設えに習い、土間からリビングまでの壁一面に大きな窓を配した。また、その対面には透光性の断熱材とポリカーボネートを組み合わせた引き戸により、美しく光が抜ける玄関がある。南北が開くため風が抜け、光が入り、さらには土間を通って人も行き来する。手を加えずにそのまま残した柱や梁、家から眺める庭の風景など以前の家の記憶を残しながら、天井が高く開放的で、これからの時代に即した家を実現した。
暮らしやすさにも妥協はしない。リビングには納戸を設けた。収納として使えるのはもちろん、将来は引き戸を引き払い間仕切りをすれば一部屋増やせるなど、間取りの変更の自由度も高めている。また、白坂さんが事務所として使用していた土間には上部と両サイドだけに収納棚を造りつけた。空いた中央部はグリーンや自転車など大きなものを置いてもいいし、既成のシェルフユニットを足して全面収納として使ってもいい。住まい手のライフスタイルに合わせて土間の使い方を変化させられる。
さらに、以前の家では道路側に突き出ていた玄関部分は減築し、2台分の駐車スペースを確保した。このエリアの生活には車は必要不可欠なものであり、利便性を高めたのはもちろん売却時の可能性をさらに広げたといえるだろう。
売却後、新しい住まい手となったのはご夫妻と小さなお子様の3人家族であるM様一家。インターネットの不動産サイトから問い合わせがあり、資産価値に見合った適正価格で購入を決められたという。
M様一家のお住まいとなったがんばり坂の家は、土間はソファを置き、収納棚にはテレビを設置しリラックス空間に、ロフトは子ども部屋として使用されている。白坂さんはご夫妻の要望を受け、ロフトに転落防止のネットを張ったり固定の梯子をつけたりと、いくらかの改修をして引き渡した。
M様夫妻はがんばり坂の家の住み心地について「以前の住まいと室内の面積は大きく変わらないのに、家で過ごす時間がすごく楽しくなりました」と喜ばれているとのこと。
長く住める、そして住まい手が変わっても運用できるような家をつくりたいと白坂さんは言う。がんばり坂の家ではヤドカリプロジェクトとしてリフォームでそれを実現したが、新築する場合でもその考えは変わらない。
「長いスパンで家のことを考えて欲しいと思います」という白坂さんの言葉は、空き家問題に真正面から取り組んでいるからこその重みが感じられた。
基本データ
| 作品名 | がんばり坂の家 |
|---|---|
| 所在地 | 静岡県浜松市 |
| 敷地面積 | 187.7㎡ |
| 延床面積 | 57.21㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども1人 |
撮影:淺川 敏
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

《店舗の事例》お酒を”楽しむ”場が人を呼ぶ!老舗酒店のリノベ
建築家との家づくりの秘訣が、住む人がそこでどう暮らしたいかを考えることなら、建築家との店づくりの第一歩は、お店の人がそこでどう働きたいかを考えることかもしれない。自由が丘の酒屋さんのリニューアルの背景には店長の熱い思いが隠されていました。

「この家がほしい!」から始まる 狭小住宅の完成形
家づくりにおいて、建築家が過去に手掛けた作品を見て「このテイストが好き」「この人にお願いしたい」と思うことは誰しもあることだろう。しかし、「自分もこの家と同じものが欲しい」と思わせる建築家はどれだけいるだろう。ネイティブディメンションズの鈴木さんは、そんな稀有な建築家の1人。狭くても機能が詰まった快適な住宅をつくる匠、鈴木さんの仕事に迫る。

好きなモノと暮らす。こだわりを持った土間のある家。
武蔵野の緑豊かなエリアはここ30年ほどで宅地化が進み、住宅ばかりが続くロケーションに変貌した。だが、そんな環境の変化の中にあっても変わらないものがあり、今回取材に伺った場所には玉川上水が並行して流れ、そのロケーションをいかに生かすかが設計のポイントとなった物件だ。そんな立地を考慮し、暮らしの拠点として施主のこだわりに満ちたお宅にお邪魔した。

土間が心地よい距離感をつくる二世帯住宅。 多忙でもすっきり片付くスキップフロアの家
ご両親と同居するための家を新築することに決めたお施主さま。依頼を受けた建築家の加藤さんはヒアリングを重ね、間に土間を挟んで2棟とするほうが望む暮らしができると考えた。忙しく働くお施主さまが家でゆったりと過ごせる秘訣は、散らかりが気にならず、片付けやすいスキップフロアのおかげだという。

居場所をデザインしたワンルームの大空間。家族がゆったりくつろげる平屋の家
広々したLDKは魅力的だが、単に大きいだけの空間は意外に使いづらいもの。しかし、建築家の蘆田暢人さんが設計したA邸は大空間のダイナミックな開放感と、ホッと落ち着く心地よさが見事に調和。設計の力で居心地が大きく変わることを実感する住宅だ。

住宅密集地なのにこんなに明るい 2.5階という発想がもたらした開放感
隣家がすぐ隣に迫る住宅密集地に佇むG邸。中に入ってみると、外からは想像もつかないほど明るく、開放的な空間が広がっている。この家を設計したのは、建築家の村上康史さん。2階建ての建物に大きな吹き抜け空間を作っても、家族4人が狭さを感じずに暮らせるのは、2.5階をつくるというアイデアだった。

多趣味を受けとめるナチュラル空間!安心快適も実現した秘密とは
ビルトインガレージ、緑豊かなウッドテラス、パン台のある広々キッチン……。多趣味なNさん夫妻のために建築家の長谷山泰三さんがつくったのは、無垢材を贅沢に使った明るく心地よい住まい。空間の魅力だけでなく、安心・快適な性能も併せ持つ心強い家だ。

スキップフロアで叶えた可変空間 多摩川のパノラマといくつもの心地良い場所
建築家の自邸は、単なる生活の場ではない。建築家自身の力量や設計哲学を体現するモデルルームでもある。戸建て住宅の設計やリノベーションを手掛ける建築家、松田文男さんが自邸を構えたのは、住宅が密集する旗竿地でありながら、多摩川の河川敷に広がるパノラマが一望できる土地だった。制約の多い土地でどのようにして抜群の眺望と家族それぞれの居心地良い空間両立させたのか。模型やシミュレーションを駆使した松田さんの設計手法に迫る。

築40年の日本家屋の梁や構造材を活用し 古民家然とした和モダンな家にリフォーム
「新築にはない魅力を引き出すこと」それが建築家・森さんのリフォームへのこだわり。今回紹介するN様邸はリフォームコンクールの受賞作品で、そんな森さんの設計思想を体現した実例。もともと使われていた構造材を活用し、N様の快適な暮らしに適した減築や改修を施して、和モダンな平屋に生まれ変わらせている。

