
空間の快適さを高める曲線の壁
全ての人にデザインを

戸川 賢木
とがわ さかき
一級建築士事務所サカキアトリエ
静岡県 静岡市
読書が好き。ミステリー小説とかで1頁1頁、1字1字、ドキドキしながらゆっくり読むのが好き。ポジティブになれる本が好き。でもあまり難しい本は読みません。 ジョギングが好き。でも気ままなので頻度は疎ら。 休日はバルコニーでBBQ。お酒?飲みますよ。 基本ポジティブ。 良いと思ったものは使い続ける、食べ続ける、眺め続ける。 良い出会いを大切にしています。
光と風を通すため
思い切ったリノベーションを提案
浴室を中心に水回りを改修したいとご依頼を受け、Sakaki Atelierの戸川さんがS邸に初めて伺ったのは10月のこと。空は晴れ晴れとしているにもかかわらず、家の中をぱっと見た印象は「とにかく暗い」。隣家に左右を挟まれ、細長いウナギの寝床のようなつくりのS邸は日の光がほとんど入らず、昼間から電気をつけないと生活できないほどだった。S様に詳しく話を伺うと、日が入らないため冬は寒いうえ、窓が少ないことから風が抜けずに空気がこもる問題もあったという。
そこで戸川さんは、当初の要望を含めたこれらの問題を解決すべく、室内空間を一新する大規模リノベーションを提案。戸川さんの「気持ちまで暗くなってしまいそうな空間を、劇的に変えたい」という思いにS様が同調してくださり、リノベーションが決定した。
戸川さんの設計で生まれ変わった空間は、2階までの吹き抜けによって広々と開放的。まさに明るい気持ちで、ゆったりと暮らすことができそうなスペースに変化した。障子越しの柔らかな光が室内に行き届き、リノベーション前は日中でも薄暗かったとはとても信じられない。
魔法にかけられたように変わったこの空間を、どう工夫して生み出したのだろうか。
以前は1階2階ともに西側に1つずつしか窓がなかったS邸。戸川さんは、どこをどのように開ければ光が入ってくるか考えたという。まず、高い位置から光が降り注げば室内は明るくなると、2階の床を取り払い吹き抜けにした。加えて、より多くの採光を得るために窓の増設を検討。隣家と密接しているが、唯一遮られることなく日光が入る場所を2階の南側に見つけ、そこに大きな窓をつくった。現在では1階のすみずみまで充分に明るい。
日光が差し込むだけで室内は暖かく快適になるが、築60年と考えると断熱性能を高めることも必要だった。そこで以前の土壁はそのままに、内側に断熱材を重ね気密性を確保。「壁が2重になっているので、もしかしたら一般的な住宅よりも断熱性があるかもしれません」と戸川さん。冬場もエアコンのみで家中暖かく、快適に過ごせているとS様も喜ばれているそうだ。
以前の家では「空気がこもる」という問題も抱えていたが、それも吹き抜けを利用して解消したという。家の中心のあたり、吹き抜けの上部に電動開閉する高窓を設置。煙突のような働きをする高窓によって、上昇した暑い空気が外へ抜けるのだ。「夏場は高窓を開けると熱気が逃げて涼しくなります。それだけでなく、この1か所の窓があることで空気の循環ルートができて、家中の空気がうまく流れるようになるんですよ」
水回りの改修というご依頼だったが、S様が常日頃から感じていた住みにくさを根本から解決した戸川さん。築60年と古く、さらには両隣を挟まれた条件の家でも、大胆なアイデアと経験に基づく解決案でこんなに明るく、快適に暮らせるようになるとは驚きだ。
デザインの力を信じた住まいづくりで
住む人の「これから」を豊かにする
1階はキッチンからつづく水回りのラインのほかにリビングがあるが、キッチンがあるダイニングとリビングの間も、玄関から続く廊下とリビングの間にも建具はない。そのかわり、アシンメトリーの曲線を用い開口した壁でゆるやかに仕切られている。
最初に直線でくり抜くプランを提案したところ、S様から空間をイメージすると広すぎるとご意見をいただいたのだそうだ。そこで、空間を仕切る壁の開口部分にひとつひとつ少しずつ違う曲線を用いて、自然界を思わせる有機的な造形を取り入れたところ好評を得た。まさに、S様のためのデザインだ。
高いデザイン性を感じる現在のS邸。しかし戸川さんが曲線を用いたのは見た目的に面白いから、おしゃれだからというだけでなく、もっと合理的な理由があるという。曲線の壁それぞれの開口部分の角度や高さ、大きさすべてに意味がある。
例えば廊下とリビングを仕切るための壁は北に寄せ、さらに北から南に向かって空間が大きくなるよう開口した。すると北寄りにある玄関から入った人の視線が自然と斜めに逸れて、リビングが丸見えにならないのだ。
リビングとダイニングを仕切る壁は北側を高く、南側が低くなるように開口。リビングに入るとダイニングまで見渡せるが、生活の場であるキッチンはあまり見せたくなかった。そこで、壁の裏側にキッチンを配置し、リビングからキッチンを見えにくくした。オープンでありつつ、プライバシーを保てるよう配置や角度は緻密に計算され、S様の望む落ち着きを生んだ。
落ち着きを生む工夫はそれだけではない。吹き抜けを取り入れるときは、高さを強調するため上に光を放つのが一般的だが、あえてペンダントライトで光を下に降ろした。より高い効果が得られるよう傘型のシェードを使用したことで、天井の高さを必要以上に意識することのない空間になったのだという。黒いコードの直線も、場を構成するアクセントのひとつになっている。
キッチンや障子、梁など、以前の家から引き継いだものも多い。露骨に時代の差を感じさせないよう、新しく取り入れた部分は塗装にこだわったという。歴史を感じる古い濃い色から新しさを感じる明るい色まで、段階的にランダムに混ぜて配色し、全体的にトーンを整えた。
快適さや暮らしやすさを追求しながら、同時に高いデザイン性を持った空間を提案する。それが設計事務所の仕事のひとつでないかと戸川さんは考えているそうだ。「感覚的に『気持ちいい』とか『すごいな!』とか思っていただけるものを何か一工夫入れたい」と語る。機能性や快適性を高める工夫にプラスして、デザインの力で気持ちを明るくしたり、住む人の問題に寄り添うことができるなら「すべての人にデザインはあっていい」と、戸川さんはこのS邸の経験で改めて実感したのだそうだ。
実際にお住まいになられた後、S様からはどのような感想をいただきましたか? と尋ねると、「犬でも飼おうかな、っておっしゃられて」と、戸川さん。それだけでなく、明るく、気持ちがいい空間で暮らすうちに、ポジティブな言葉が増えたように感じられたという。明るい気持ちになって欲しいとデザイン、提案したリノベーションだけに「具体的にどこが、と褒めていただくよりも嬉しかったかもしれません」
間取り図
基本データ
| 所在地 | 静岡県静岡市清水区 |
|---|---|
| 延床面積 | 54.43㎡ |
| 家族構成 | 一人暮らし |
| 予算 | 〜2000万円台 |
| 施主 | S邸 |
設計者情報
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