
コンパクトなのにゆとりある空間の秘密は
螺旋階段と個性的な大容量収納

戸川 賢木
とがわ さかき
一級建築士事務所サカキアトリエ
静岡県 静岡市
読書が好き。ミステリー小説とかで1頁1頁、1字1字、ドキドキしながらゆっくり読むのが好き。ポジティブになれる本が好き。でもあまり難しい本は読みません。 ジョギングが好き。でも気ままなので頻度は疎ら。 休日はバルコニーでBBQ。お酒?飲みますよ。 基本ポジティブ。 良いと思ったものは使い続ける、食べ続ける、眺め続ける。 良い出会いを大切にしています。
視覚的にも、感覚的にも。
多様なスケール感でゆとりをつくる
家づくりにおいて、ゆとりある空間をつくることが大切と考える一級建築士事務所サカキアトリエの戸川賢木さん。まず1階から3階まで直線階段よりも省スペースな螺旋階段で繋げ、空間を効率よく使えるようにした。
“ゆとり”は、視覚的なものや居心地、使い勝手などあらゆる事柄になくてはならないものだ。
1階の和室と土間の広さはそれぞれ4畳半。各スペースは決して広いとは言えないものの、障子を開ければ一続きの大きな空間になる。加えて土間には駐車場まで視線が抜ける大きな窓もあり、オープンな雰囲気が感じられる。I様が趣味の自転車のお手入れをしたり、雨の日に合羽を干したりと使い勝手も秀逸。小さなお子様もいらっしゃるI様夫妻にとって、濡れたものでも気兼ねなく置けるスペースがあるだけで、帰宅時の心のゆとりが違うときもあるだろう。
1日のうち、過ごす時間が長い2階はとても明るい。2階の天井は一般的な住宅よりも40cm程高く、軽やかな空間になっている。
天井を高くしたのは、2階の隅々まで自然光を取り入れるため。南の大きな窓から光が入るものの、建物が細長く、奥まで光を届ける工夫が必要と考えた戸川さん。そこで2階と3階を繋ぐ吹き抜けをつくった。それだけでなく2階の天井を高くすることで上からの光のラインが長く延び、室内の奥まで光が届くようになった。「螺旋階段も光を通しますから、一層明るさが増します」と戸川さんは言う。コンパクトな面積ながら天井高と明るさにより、開放的でゆとりがある、居心地のいい空間ができた。
3階はI邸の中で一番プライベートなエリアといえる。螺旋階段からすぐのところには、仕切りなく広がるホールがある。その奥にも、空間の区切り方を壁ではなく引き戸にした納戸と寝室がある。引き戸はホールと区切るための2枚と、納戸と寝室を区切る1枚がT字に設けられている。3枚の引き戸で室内をどのように区切るかによって、ライフスタイルや家族人数の変化に対応できるフレキシブルな空間になっているのだ。引き戸を全て開ければ一つの大きいフロアにもなり、逆にお子様が大きくなれば、一角を独立した子ども部屋にすることも可能だという。家の使い方が限定されないということも、“ゆとり”のひとつといえるだろう。
1階から3階まで造作家具が多く取り入れられているI邸。特に螺旋階段に沿うように設えた木製の螺旋シェルフは見る人の目を引きつける。これも室内にゆとりをもたらす大切な要素になっていると戸川さんは言う。
I様夫妻は、ご主人が見せる収納、奥様が隠す収納を望まれていたのだそうだ。完成した室内に家具を入れるとなると、やはり空間を圧迫してしまう。コンパクトな面積でそれは避けたかった戸川さんは、収納も空間の一部として設計し、むしろ広さを感じられる空間を生み出した。
それは見せる収納のためにつくられた螺旋シェルフだけではない。2階のリビングダイニングには片側の壁面に沿ってベンチが備え付けられているが、その下が全部収納になっているのだ。長さはなんと5m。螺旋シェルフとともに、驚くほどの大容量の収納が隠されている。
「コンパクトな空間だからといって、そのスケールに合わせて小さくつくる必要はないんです」と戸川さんは語る。ダイナミックに設計したものがそこにあると、空間にゆとりがあるように見えると考えているのだという。確かに、見せる収納の螺旋シェルフからは包容力を感じ、大きなベンチからは自由な居場所が感じられる。ダイナミックな家具は存在感とともに、居心地のよさや使い勝手のよさを家に与えている。
ご要望を叶えることが第一。
どう叶えるか、がデザインに結び付く
「カルディのような棚が欲しいというのは、I様の大きなご要望のひとつでした。何店舗かに出向いて分析したところ、特徴となるのは『ものが雑多に置かれていてもそれが楽し気な感じ』と、『曲線を生かしながらオープンにつくっている』ことだと感じました」と戸川さん。特に曲線がキーになると考え、もともと設置を決めていた螺旋階段と組み合わせることにしたのだという。
螺旋階段に沿わせて設けたことで、螺旋階段の中からも外からも棚を使うことができ、棚の中のデッドスペースがなくなった。また今ではお子様が階段側から本を取り出した後、そのままその場に座って読書にふけることもあるそうで、棚があることで階段も居場所のひとつになっている。
「お施主様の要望を叶えることは大前提です」と戸川さんは言う。そのうえでどのように叶えるか、それによってどのような効果をもたらすことができるかを真摯に突き詰め、家をつくる。螺旋シェルフは一見すると奇抜だが、家づくりの条件とI様の要望を考えつくしてマッチさせた結果なのだ。
暮らしをイメージした配慮も細やかだ。例えば2階のベンチ。I様は本がお好きだと聞いていたことから、「見せる収納に入るものは本もあるはず。ならば本が読める場所も一緒に」と考えつくったものだという。その下を収納にして有効に活用できるようにしただけでなく、ベンチの奥行きにもこだわった。
一般的な椅子やベンチの奥行きは40cm程度だが、こちらは70cm。当時3人家族だったご夫妻が、打ち合わせの段階で2人目の赤ちゃんもいずれはとお考えだったのを聞いたのがきっかけになった。「70cmあればおむつ替えをしたり寝かせたりできますから」と戸川さん。その後第2子も誕生し、ベンチが活躍しているという。
もうひとつ、I様の大きなご要望として「カフェではなく、喫茶店の雰囲気」というものがあった。そこで戸川さんは壁面にアールを取り入れたり、造作家具を落ち着いたマホガニー色で塗装し、落ち着いたしつらえの喫茶店らしさを表現。床や作業台をモルタルの研ぎ出し仕上げにしたキッチンも、喫茶店を思い浮かばせるひとつになっている。
当初I様は、リビングと隣接するように和室が欲しいと望まれていたという。しかし面積の問題から和室は1階に移動させなくてはならなかった。玄関を兼ねた土間をつくったのは、和室を1階に移すからこそのメリットを生み出すため。和室と一体となった土間があることで、屋外でするような作業ができたり、途中で和室に上がって休んだり、玄関としての役割だけでなく生活の場としても機能するようになった。
一戸の家から、いろいろな体験をして欲しいと戸川さんは言う。I邸でいうなら1階の土間や和室といった間取り、2階の天井が高い開放的な雰囲気が感じられることや、3階は逆に低めの天井から得られる落ち着き。ひとつの建物の中で、まったく違う体験ができるのだ。
「たくさんある居場所でそれぞれ違う居心地を体験ができるほうが、暮らしが豊かになるのではないでしょうか」。お施主様の要望を実直に叶えながら、よりよい生活を手に入れるためのスパイスを加える戸川さんの家づくり。ときに斬新ささえ感じるのは、細やかなヒアリングと経験から見抜いた、お施主様本来のライフスタイルと向き合った結果だといえるだろう。
基本データ
| 所在地 | 静岡県静岡市 |
|---|---|
| 敷地面積 | 90.07㎡ |
| 延床面積 | 103.98㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども2人 |
| 予算 | 3000万円台 |
| 施主 | I邸 |
設計者情報
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