
住まう人の気持ちに寄り添い
京町家のよさを新しい形で提案
先人の知恵を巧みに取り入れた
現代的かつ機能的な京町家
プランニングにあたり、井上さんにはあるビジョンがあった。京町家は間口が狭く奥行きの長い、いわゆるウナギの寝床である場合が多い。そのため、昔ながらの京町家には、光や風を屋内へと導くさまざまな工夫が施されている。「町家であった住まいの建て替えでしたので、京町家の特徴である<土間・通り庭・天窓・奥庭>という4つの要素を新たな形で採り入れることを考えてプランニングしました」と、井上さんは話す。
ファサードに面した大黒町通は、車1台がやっと通れるほどの細い道路。そのため、旧邸よりもセットバックして駐車場を確保した。車一台を停めてもまだ余裕のある、間口全幅を使ったスペースは、近隣の方々との交流の場となる「屋外土間」の性格も併せ持つという。玄関引戸の前にはシンボルツリーとなるシマトネリコを植栽。程よい目隠しの役割を担うとともに、周辺の住環境にも配慮した形だ。やがて木が大きく育つと、家々が密集した通りにささやかな彩りを添えることとなるだろう。
玄関引戸を開けると「通り庭」のように視線が奥庭へと抜ける。ただプライバシーを考慮し、玄関戸とダイニングキッチン(以下DK)の戸を少しずらしたところがミソ。視線は抜けるが、見え過ぎない、実にいい塩梅なのだ。玄関に施錠できる網戸を設けることで、セキュリティを担保しながら奥庭へ気持ちのいい風が通り抜けるようになっている。
「天窓」は家のほぼ中心、2階ホールの上に設置。南側に隣家が立っているため、南面からの採光は期待できない。そのためわりと早い段階から、井上さんは天窓を提案したという。「木組みの天井の一角に設けた天窓は、日中の光を採り込むと同時に、太陽の動きとともに多様な光と影を作り出し、荒く塗られた漆喰壁とともに思いもよらない景色を作り出してくれることを期待しています」と井上さん。天窓の間口は900×900mmで、間口から下に延びる壁の西側と北側を傾斜させ、メガホンのような末広がり形に。より効率的に光を採り込むことができ、2階ホールと空間的につながっているDKにも季節や時間帯によっては光が降り注ぐ。
家の西側には「奥庭」を設け、採光と通風を確保。西隣にある寺院の庭園と相まって、開放的な空間となっている。ただ位置的に西日がまともに当たるため、夏は日差しを遮り、冬には室内まで光が届くように計算して、1階の軒の深さを調整したという。庭に据えられた灯籠や手水鉢、飛び石は、かつての中庭で使われていたものを再利用。「旧邸から長年受け継がれてきた『家族の時間』を感じられるものとしました」という井上さんの思いは、Wさん夫妻への思いがけないプレゼントとなったはずだ。
ときには頭を抱えながらも
施主の要望はすべて受け入れる
実現するのが難しいと思える施主の要望もときにはある。それでもすぐに無理だとは決めつけない、諦めない。いったんはすべて受け入れ、何日もひとり頭を悩ませることもあるという。「正直すごく困るときもあります。でも何日かするといろんなことがつながってくるんで。それはそれで気持ちがいいんですよね」と、井上さんは笑う。
『大黒町通の家1』の施主であるWさま夫妻の希望は大きく3つ。旧邸は築100年ほどの建物だったため、断熱材が入っておらず冬の寒さは相当だったとか。そのため、建て替えにあたって施主の一番の希望は「とにかく暖かい家にしてほしい」ということだった。
井上さんが提案した断熱材は、新聞古紙を原料としたセルロースファイバー。綿状に加工した古紙を床や壁、天井に隙間なく吹き込んで施工するため断熱性能が高く、調湿性・防音性・防虫性にも効果のある優れものだ。古紙をリサイクルした素材なので、昨今注目されるサステナブルな社会状況にもマッチしているといえるだろう。1階ダイニングキッチンと仏間には床暖房を採用。エアコンと併用することで、年間を通じて快適な住環境を実現している。
ふたつ目の希望は「地震や自然災害に強い家」。その要望を踏まえ井上さんは、住宅性能表示制度で定められた耐震性のなかでも最もレベルの高い「耐震等級3」を確保したプランを提案。「以前では想像できなかったような大きな地震が、近年わりと当たり前に起きています。
また地震だけではなく、家を壊してしまうような突風なども。耐震等級3というのはあくまでも基準であって、それ以上に強くできるのであればもっと強くしたいという思いはあります。でも、一番大切なことは、お施主さんが安心して暮らせることですから」と井上さんは、数字では表せない“安心な暮らし”を強調した。
3つ目の希望は「四季を感じながら、穏やかな生活が送れること」。敷地の裏庭側には寺院の庭園があり、自邸の庭と寺院の庭が繋がって見えるよう主室であるリビング(仏間)とDKを配置。庭に面した西側に大きな開口部を設け、室内にいながら四季折々の彩りが感じられるプランとした。
「一日の太陽の移ろいが感じられるように、ダイニングキッチンは大きな吹き抜け空間としました」と井上さん。東面のインナーバルコニーから朝日が差し込み、昼前から昼下がりにはトップライトからの南の陽光が注ぎ込む。太陽が西に傾く頃、庭越しに見える空がときには赤く染まり、一日の終わりに華を添える。
「寒さを感じることがなくなり、静かで穏やかな生活が送れています。また、木や漆喰に囲まれた空間は清々しく感じられとても気持ちいいです」とは、Wさん夫妻の声。施主の思いに寄り添い、気持ちをも掬い取ってプランニングする井上さんとの出会いは、Wさん夫妻にとって素敵なめぐり合わせであったことは間違いないだろう。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 大黒町通の家1 |
|---|---|
| 所在地 | 京都府 |
| 敷地面積 | 117.63㎡ |
| 延床面積 | 97.6㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 3000万円台 |
撮影:杉野圭・中西紀郎
設計者情報
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