
室内がまるでアーケード
「家中庭」で光の取り込みも距離感も
周囲を家や擁壁で囲まれた土地で
屋根をかけた中庭から光を取り込む
お子さんの小学校入学を機に、奥様のご実家近くへの移住を決断されたM様ご家族。見つけた土地は、南側は3mほど、西側は1mほど高くなった傾斜地。目の前には緩やかな坂道があり、隣家に囲まれ、さらに裏側には擁壁がそびえるという囲まれた土地で、採光や眺望に恵まれた場所ではなかったという。
この土地を見た安部さんは「サイドから光を取り込むのは難しい。中庭型にして上から光を取り込むしかないだろうな」と感じたという。
安部さんはこれまでも、隣家やプライバシーの問題により横方向から素直に光をとりこめない環境でも、見事に屋内に光を取り込んだ家を作り上げてきた。
「箕面森町の家」では2階の中心にライトコート(光庭)を設け、ロの字に取り囲んだ部屋に光を導いた。「春木の家」では、建物を3つのボリュームに分け、それぞれを上下や左右にずらすことで建物の隙間をつくり、そこを光の通り道とするというアイデアも披露した。
では、今回のM邸では、光をどのように取り込むことを考えたのだろうか?
最初は、真ん中に中庭を設けることを考えたそうだが、「中庭型だと、対面に行くのにぐるっと回る必要があって、距離があると感じたのです」と安部さん。距離があるといっても同じ家の中、歩いて数十秒もかからない距離だろう。1階と2階を階段で行き来するよりも早いかもしれない。それでも、心理的な距離感は拭えず、それは家族の関係性にも影響を与えるかもしれない。
そんな距離感をなくす方法として安部さんが考ついたのが、「中庭に屋根をかけて室内化する」という発想だった。
家の中は商店街のアーケード?
室内の4棟が生む家中庭という発想
それは、この建物の構造に秘密がある。M邸は、全体として1つの大きな箱の中に、それぞれがキッチンやリビング、寝室や子供部屋といった部屋をもった4つの棟を内包した構造。中央の十字部分はそれらを結ぶ通路ともいえるし、広場のようでもある中間領域。十字部分の先はスリット状に窓やドアが設けられ、光の通り道にもなっている。さらに上空を見上げると、大きなトップライトからの光が降り注ぐという設計だ。この通路・広場がいわば中庭。
このM邸の中庭は、我々が一般的に思い描く中庭というよりは、まるで商店街のアーケードを連想させる。M邸全体が商店街、通路は店前の道路、部屋部分は4棟の2階建てのお店といったイメージ。安部さんは、新たな中庭である「家中庭」を構築したと言ってもいいだろう。
この安部さんの「家中庭」によって、囲まれた土地での光の問題は解決された。では、一般的な中庭や光庭のウイークポイントの1つであった対面部分との距離感はどう解決したのだろう?
一般的な中庭は、周りをガラスや壁で仕切られているため、対面へはぐるっと回り込む必要があるが、「家中庭」の場合はそもそも室内なので仕切られてはいない。対面であってもダイレクトに向かうことが可能だ。
さらに安部さんは距離感を縮める仕掛けを施す。それは、各部屋のフロアレベルを変えること。例えば、リビングの棟やダイニングキッチンの棟は、通路部分と同じレベルで、1つの空間としてシームレスにつながる一方、風呂場や洗面といった水回りのある棟、個室の棟は、床レベルが80㎝低くなっている半地下のような構造とした。こうすることで、この棟の2階部分にある個室がリビングやダイニングキッチンと近くなり、心理的な距離も近づくのだ。
また、その2階の個室は通路側がバルコニーのような仕様になっており、オープンな雰囲気を持たせた。もちろん、引き戸を閉めることでプライバシーを守ったり、光を遮ることも可能だ。家の中のどこにいても、子供たちの気配が感じられ、一声かければその声が届くだろう。
安部さんはこの新しい中庭で、光を取り込むだけでなく、家族の距離感をも近づけた。このアイデアには驚かされるばかりだ。
施主の予想を超えた家づくりで
それぞれに合った唯一無二の家を
リビングとダイニングキッチンの棟は、天井高の高い開放感抜群の空間。通路側の上部はガラスとすることで光の取り込みや通路との一体感を増している。仕切りのための引き戸もガラス戸と徹底している。白く塗られた壁で清潔感を出し、上部はあえて構造用合板をそのまま現しとし、木の温もりも感じられる、落ち着きの空間だ。
一方、洗面所やバスルーム、トイレのある棟、1階に個室のある棟は2階建て。半地下の1階とすることで、2階個室の距離感を縮めている。
さらにM邸には、「天空のロフト」が存在する。
「もともとは、天井のトップライトのメンテナンス用の足場と日除けのルーバーを兼ねたグレーチングだったのです」と安部さんが語るように、天井のガラスとグレーチングとの間のスペースは、雨に当たらない屋上のようなもの。青空の下で読書をしたり、夜空を見上げるスポットとして活用されているという。
この家の出来栄えに、大満足のご様子でMさんも「来る人みんな『凄いね!』『家じゃないみたい』って言ってくれるんです」とコメントを寄せてくれた。
M邸は、周りを囲まれた土地で横から光の取り込みが厳しいという、困難な条件であったからこそ「家中庭」という発想が生まれた。安部さんは、困難をものともせず、類稀なるアイデア力で、その解決法を見つけられる稀有な建築家の1人だ。
安部さんは「家づくりは、施主とのセッションで作り上げられていくものだと思っています。」と語る。いかに施主の要望を汲み取りそれを建築という形で表現するか、ということだろう。そして、施主の要望を叶えることはもちろんのこと、「予想を超えたい」「施主に『そう来たか!』と言わせたい」と安部さんは語る。
安部さんのつくる家は、1つとして同じようなテイストのものがない。それは、1つとして同じ土地、同じ施主、同じ要望がないからこそ、唯一無二のものが出来上がるし、それを叶えるだけの腕を持つ建築家なのだ。
人それぞれに家に求めるものは違うが、安部さんは、どんな土地でもどんなリクエストでも、あなたの予想を上回り、皆が驚く究極の1点モノの家を作り上げてくれるだろう。
基本データ
| 作品名 | 生駒の家 |
|---|---|
| 所在地 | 奈良県生駒市 |
| 敷地面積 | 214.9㎡ |
| 延床面積 | 126.6㎡ |
| 間取り | 3LDK |
| 家族構成 | 夫婦+子ども2人 |
| 予算 | 3000万円台 |
| 施主 | M邸 |
撮影:鳥村鋼一
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

公園の緑に包まれる広縁と、ブックカフェのような土間空間のある家
向かいの公園の緑を効果的に取り込み、建築面積が約9坪という制約を感じさせない居心地抜群の住まいをつくり上げた菅家建築計画工房。どの家にも存在する「あるスペース」を省いて誕生した、洒落たブックカフェのような土間空間も必見だ。

親しい人と暖炉を囲む幸せなひととき。 地元の自然と工芸が、穏やかな時間を刻む家
「友人とお酒を楽しむ場所が欲しい」。古希を控えた1人暮らしの施主さまのために建築家の武川正秀さんがつくったのは、暖炉のあるウッドデッキとつながる居心地のよいリビング。地元の自然素材や工芸品を使った心落ち着くしつらえで、友人との憩いの時間にふさわしい穏やかな空間だ。

築50年のマンションをリノベーション 自然と新しい関係をつくる開放的な住まい
これまでと同じエリアに居を構えることを決めたお施主さま。選んだのはビンテージマンションのリノベーションだった。都心にありながらも身近な自然を家の中に取り込み、日射や風、雨音などを感じながら暮らせる住まい。建築家の鎌松さんは、室内を開放的なつくりにすることでそれを叶えた。

落ち着いた佇まいの平屋に隠された 開放的なLDKと心地よく過ごせるデッキテラス
広々とした庭との一体感が感じられる平屋をつくりたいと考えたUさま夫妻。設計した建築家の丸澤さんは、同じ敷地に立つ母屋と外観の雰囲気を合わせ、寄り添う距離感で建物を計画。外部から見ると和風な家の中は、モダンで開放的だ。

3人の建築家のアイディアが結集! 斜面地で実現した理想の住まい
奈良県、生駒市の斜面地に建つH邸。一見デメリットとも思える傾斜をうまく生かし、Hさんが希望する住まいを完成させたのが、atelier thuの坪井飛鳥さん、細貝貴宏さん、上田 哲史さんの3名だ。それぞれが得意分野でアイディアを出し合って進められたという今回の家づくり。その詳細についてお話を伺った。

子供の遊び場、BBQ、アウターリビング… 視線カットも兼ねる、多機能な中庭のある家
佐賀市の住宅街に、広い中庭を持つ邸宅が誕生した。この作品は、設計者である建築家の自邸だ。敷地は周囲を住宅に囲まれているため、中庭によって視線をカットし、さらに多機能スペースとして中庭を最大限に活用できるプランが考案された。「同じ家を建ててほしい」と言われるほど魅力的な、この作品をご紹介しよう。

黒い箱の中にはこんな豊かな空間が! 白・黒・シルバーで統一された家
建築家にとっての喜びの1つに「引渡しから数年を経ても、施主家族が入居当時の状況を維持してくれている」というのがあるという。それは、施主がその家の出来栄えに満足し、そこでの暮らしを楽しみ続けているからに他ならない。「ha」の保坂裕信さんも、その喜びを味わった人の1人。保坂さんの家づくりに迫る。

斜めのリビングと広いテラスで居心地抜群。 熱環境も快適な自然素材の家
居心地のよさにこだわった間取りと、ホッと落ち着く自然素材の風合いが魅力のS邸。どこにいても「気持ちよさ」を感じる空間はどのようにできたのか、設計を担当した安藤建築設計室の安藤大輔さん・かおりさん夫妻に話を聞いた。

「こと」をテーマに空間をデザイン それぞれの「世界観」をカタチに
「北方の家」の設計を手掛けたのは、「たてこと空間研究室」の代表を務める佐藤悠馬さん。建築・空間つくりを通して「こと」をテーマに、お施主さまの「世界観」を具現化した設計を得意とする佐藤さんとって、「建築」とは、「家づくり」とは何かをうかがってみました。


