
人が行き交う、光が入る、風が抜ける
3つの径(みち)のある家

田辺 誠史
たなべ まさし
合同会社 TAWs DESIGN
埼玉県 川口市
人と空間が自然環境と交感し、心身共に幸福感で満たされること。日々の生活の営みが、豊かなつながりを育む場になること。伝統や文化を現代のライフスタイルで解釈しながら、ここにしかない価値を創出し、豊かな暮らしへ繋がる場をデザインしたいと考えています。
人々が行き交う遊歩道と通路
内と外を曖昧につなぐ邸内の小径
昭和50年代に宅地造成されたこの土地は、北側の私道に接する旗竿地でありながら、その後用水路沿いに遊歩道が整備されたことから南側にも接道することになったという希少な特性を持っていた。
田辺さんがこの敷地特性から、発想したのが「径(みち)のある住まい」というコンセプト。
1つめの径は、いわずもがな家の目の前の用水路に沿って伸びる遊歩道。人々が生活道路として、通勤・通学・買い物などに利用する径。春には植えられた桜が美しく咲き誇る桜並木となる南側の景色を活かそうと考えた。
2つめは、敷地北側の住民のための通路。田辺さんはご近所さんのため、東側の隣家との間の土地を地域に開放することを決断し、路地状の通路を設けた。これまで遊歩道に出るには、ぐるっと回り道をしなければならなかったご近所さんたちは、この通路のおかげでショートカットが可能となった。「子供が走り抜けたり、通勤・通学やゴミ出しなど、便利に活用されているようです」と田辺さん。
このようにつながりを大切にし、自邸を「地域に開かれたもの」とすることは、田辺さんの原体験が影響しているのだという。
「私が幼い頃に住んでいた家は、『こんにちは』と声をかけあうようなご近所付き合いがあるのが当たり前でした。そういうコミュニケーションがあることは現代の暮らしにおいても、地域の安心につながると思っています」と田辺さん。
実際、ご近所さんと立ち話をされることも度々あり、「コロナが落ち着いたら、花見でもしたいね」と話しているのだとか。
3つめの径は、家の中にある。この家は、建物の形状はL字型。1階の玄関を開けると、このLを2分割するかのように、玄関から続く土間状の小径が斜めに伸び、北側の私道に至る。南側の遊歩道と北側の私道が邸内の径を通してつながっているのだ。
この通路は、単に家の南北をつなぐための役割ではない。北側は、1階2階とも窓となっており、安定した光を室内に導く通り道となっているとともに、通風の役割も担っている。北側の窓からは邸内が見えるものの、1階にある2つの部屋はそれぞれドアで仕切られているため、プライバシーの心配もない。この小径は内であるプライベートと外であるパブリックを曖昧につなぐアーケードといっても良いのかもしれない。
陽あたり、通風、断熱
眺望まで満たしたパッシブハウス
遊歩道に正対する他の家々は、近づくまで視界に入ることがないが、斜めに面する田辺邸は、遠くからでも視認性が高く、迎え入れてくれるかのように佇むのだ。
ピロティーを進むと、ドアが2つあるのに気づく。1つは邸内を貫く小径につながる玄関。もう1つは、現在、田辺さんがワークスペースとして利用している部屋への入り口。この部屋は、将来的に多目的に使えるようにと、玄関とは別の入り口とミニキッチンを備えた。
「建築中に、『お店ができるのですか?』と聞いてきた方がいらっしゃいました」と田辺さん。長く住む家だからこそ、用途を限定せず、多少の模様替えでいかようにも利用法を変えられる可変性をもたせたのだ。
小径の先にある、折り紙で折ったような階段を上ると、開放的なLDKが現れる。大窓の先には、遊歩道の桜の木。花が咲く季節には、最高の景色に違いない。
LDKは、梁や柱が現しとなっており、この家を支える力強さと、木に包まれる優しさを感じる。使っている木材も、国産の杉の間伐材やラワン合板、シナ合板、フローリングも無垢の材料を使用。壁などの仕上げには珪藻土を採用し、自然そのままの「素」の材料を使うことで、本当の心地よさを追求している。
「木の素材は年を経ることで劣化するのではなく、変化をしていきます。それが味にもなるんです」と田辺さん。
リビングスペースの先は、1段高くなってダイニングキッチン。段差がついたのは、配管のためでもあるというが、「同一空間に段差があることで、視線が変わり、空間の広がりを感じるのです」と田辺さん。
大きな窓、現しの天井、段差のある空間という3つの要素で、明るく開放的なリビングをつくりあげた。
そして、なんと言ってもこの家一番のビュースポットが、田辺さんもお気に入りだというバルコニー。敷地の斜め部分を有効活用し、2階に遊歩道に沿うような形で設けられたこのバルコニーは、春になれば遊歩道にある桜が手に届きそうなほど眼前に迫るのだという。
「天気の良い日に、ここでコーヒーを飲みながら景色を見るのが幸せ」と田辺さんが語るほどだ。
バルコニーにせり出した屋根の庇は、この場所の陽の入り方を調べ、夏には日差しを遮り、冬には光を導くよう計算されたもの。また、バルコニーの左右には、壁を建てた。これは隣家からの視線を遮る役目も果たすが、一番の狙いは風や光のコントロール。用水路に沿って流れる風を受け止め、室内に導いたり、光を反射させ明るさをもたらすのだという。
これだけ開放感があり、風通しもよい家であれば、冬場の寒さが気になるが、その点も田辺さんは抜かりない。この家はHAET20のG2クラス相当という高い断熱性能をもつパッシブハウスなのだという。壁の断熱はもとより、天井は外断熱、土間と基礎の間にも断熱材を入れ、この家全体を断熱材で包んだ。
「冬場は、朝少し暖房を入れるだけで、陽が差してくれば必要なくなります。夏も2階のエアコン1つで冷気が吹き抜けを通じて降りてきてくれます」と田辺さん。
この家は、「眺望」や「つながり」「光や風」といった、この土地ならではの「環境」を生かした建築を続けている田辺さんの、エッセンスが詰めこまれている。この家を訪れ、この家の環境を自ら肌で感じることで、田辺さんのつくる家の素晴らしさを実感できるに違いない。
間取り図
基本データ
| 作品名 | 径のある住まい(2022年 第10回埼玉建築文化賞 優秀賞) |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県川口市 |
| 敷地面積 | 85.41㎡ |
| 延床面積 | 77.65㎡ |
| 間取り | 2LDK |
| 家族構成 | 夫婦 |
| 予算 | 2000万円台 |
| 施主 | T邸 |
撮影:吉田 誠
設計者情報
この建築家が建てた家
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