
再建築不可物件をリノベ自由な物件に
空き家再生の新機軸
空き家再生の成功体験から
自ら物件を購入し、リノベーション
実はこの建物、築50年の再建築不可物件を改修したリノベーション物件。再建築不可物件とは、おもに接道要件や敷地条件を満たさないことで、現在の建物を解体して更地にしても、新たに建物を建てられない土地のこと。そのため、古くなった家を建て直すことができず、なかなか買い手もつきにくい。
そんな再建築不可物件を購入し、リノベーションした上で貸し出した、この物件のオーナーは、H2DO一級建築士事務所の久保さんだ。
では、なぜ久保さんはこの物件を購入したのだろうか。
久保さんは、住宅や事務所、店舗といった建物の設計はもとより、DIY家具を手掛けたり家づくりワークショップを開催したりと、幅広い活動を行っている建築家だ。その活動の一環として「空き家再生」も手掛けてきた。今回はその知見が生かされているという。
これまで、久保さんとタッグを組み空き家再生を成功させていきた、不動産会社オリエンタル・サンの山田武男さんは、この物件についてこう語る。
「この物件は、再建築不可というのがネックで、一般のお客様にとっても買いにくく、業者が購入してリノベーションしても、収益が見込めるか二の足を踏むような物件でした」
しかし山田さんは、久保さんであればこの物件をコスト面も含め「しっかり直せる」これまでの経験から、「適切な価格で貸し出せる」と思い、久保さんにこの物件を紹介したという。
久保さんも「これまでの経験から、リノベーションして貸し出して収益も得られる自信がありました」と語る。こうしてこの再建築不可物件を購入し、リノベーションをすることにした久保さん。このリノベでは、まず以下の6項目基本コンセプトとしたという。
01_構造的な修繕・補強を行う
02_屋根や外壁など雨漏り部分の補修を行う
03_ワンルーム空間に解体して、賃貸主のリノベ自由度をあげる
04_賃貸主のペルソナを明確化して、仕様を決定する
05_内装は下地までとして、賃貸主のリノベの自由度をあげる
06_賃貸主のリノベサポート(設計・DIY等)を行う。
一般的なリノベーションとは、新築と見紛うほどに内装をキレイに整えることが多いが、今回はあえて、必要最低限に留めた。安心して貸せる物件にはするものの、借主自らが自由に手を入れられるようにしたのだ。
「そもそも、借主が自由に手を入れられる物件というのはとても少ないのです。今回は、それができる物件にしたくて、“かたち”ではなく“こと”をデザイン(プロデュース)することとしました」と久保さん。
想定されたペルソナは、20~30代の独立したいクリエイターのアトリエ兼住宅。そのため、1階は、作業スペースとして活用できるよう、居間とキッチンを1つの空間としコンクリート土間にした。土間であれば汚すことを気にせず、また構造的補強にもなる。そしてキッチンには、業務用にシンクを設置した。
こうして、この家はKICS Houseと名付けられた。
借主はペルソナどおりの陶芸家
アトリエでは、ワークショップも開催
関口さんは、自分のアトリエを持ちたいと不動産会社に登録するも、40-50件紹介を受けても、なかなか内見すら辿りつけなかったという。
「陶芸家だからなのか、敬遠されているような感じで。内見OKな物件が出てきても、それは倉庫で、私には手に余る広さと高額な家賃で手が出なかったんです。そんなときに、KICS Houseを紹介いただいて、すぐに内見しました。土間があるし内装も自由にしてよいということもうれしいポイントでした。オーナーさんも建築家さんでクリエイターに入ってもらう想定だったと伺って、安心しました」と関口さん。
関口さんのように、自分のアトリエや作業場を持ちたい・探しているというクリエイターの絶対数は、ファミリー物件や1人暮らしの部屋を探している人と比べると多くはないだろう。しかし、供給される物件の数が圧倒的に少ないのだ。大家さんにしてみれば、「汚されるのではないか?」「音がうるさかったりしないか?」と心配し、クリエイターへ部屋を貸すことを嫌がるのもわからなくはない。こういう状況だからこそKICS Houseのように「クリエイターOK」「土間つき」「自分でリノベもOK」といった物件は、圧倒的な支持を受ける。多くの人にウケるであろう物件より、特定の人に刺さる物件は強いのだ。
想定したペルソナどおりの入居者を獲得した久保さんの、先見の明には驚かされる。
こうして入居した関口さん、現在のKICS Houseの様子を見てみよう。
1階はもともと台所と居間に分かれていたところが、1つの大きな空間となっている。壁は白く塗られ、明るく開放的な空間に生まれ変わった。足元は土間が打たれ、陶芸での土埃の汚れを気にする必要もない。土間アトリエの大きな木造のテーブルは、作業台として、関口さんの作品づくりやワークショップに使われる。壁には、関口さんがDIYで棚を取り付け、釉薬などの材料や、乾燥させる作品などが置かれている。
キッチンには、業務用のステンレスシンクが置かれ、調理場兼流し場に生まれ変わった。手が汚れることが当たり前の陶芸でも、深さのあるシンクで安心して手洗いができる。
2階に上ると、そこは住居スペース。こちらも2部屋だったものを1つの空間とした。1つの空間とすることで暗くなりがちだった奥の部屋にも光が届き、明るく開放的なスペースへと生まれ変わった。1階がアトリエ、2階が住居スペースと同じ建物でありながら「公私」の別をつけられるのもKICS Houseの魅力の1つかもしれない。
築50年の再建築不可物件が、若きクリエイターの住居兼アトリエとして、また陶芸ワークショップで老若男女が集う場として蘇った。久保さんの空き家再生は、ただ建物が蘇るだけではない。複合用途の建物として人も集まる物件へと変貌を遂げたのだ。
年々深刻化を増す空き家問題。とりわけ再建築不可物件は、負の資産となることも多く悩みを抱える人も多いことだろう。その一方で、借りたいのにちょうど良い物件がなかなか見つからないというクリエイターも存在する。
その両者をつなぐKICS Houseは、日本の空き家再生の新機軸となるかもしれない。
とはいえ、空き物件を久保さんと同じようにリノベーションできるかというと、それはなかなか難しい。物件の耐震性などをしっかりと見極める眼と、どこまで手をかけ金をかけるかという見極め、そしてどのような顧客がつくかという先見性がなければ、この空き家再生は叶わないのだ。久保さんはそれを行える、稀有な建築家なのだ。
基本データ
| 作品名 | KICS House |
|---|---|
| 所在地 | 東京都武蔵野市 |
| 延床面積 | 49.12㎡ |
| 予算 | 〜2000万円台 |
設計者情報
この建築家が建てた家
この実例を見た人はこちらも読んでいます

理屈を超えた提案で実現した魅力的な佇まい 地域に愛される、鍼灸院を兼ねた住宅
ご自身で運営される鍼灸院を兼ねたご自宅を新築することにしたお施主さま。2階を住居にしたため、一般的な家とは逆に、1階よりも2階のボリュームのほうが大きな建物になった。建築家の山口さんはこれらの特徴を生かしアイコニックな外観を実現。地域に愛され、もちろん暮らしやすさも申し分ない家ができた。

シンプルだけどチープじゃない じっくりとつくり込まれた、写真館兼自宅
「シンプル」という言葉の同義語は「単純」「簡素」「簡略」といったところだろう。しかし建築においては、シンプルなデザインだからといって単純なつくりでも、建築家が手間をかけずにつくるわけでもない。大人気の犬専門写真館をつくったのは、施主とじっくりと対話し、手間暇かけた仕事に定評のある建築家、服部さんでした。

間取り改修の落とし穴?! 広々、洗練させる本当のリノベとは
新築マンションを購入するも、リビング・ダイニングの狭さが不満だったIさん夫妻。壁を撤去して空間を広げる計画を進めていたが、途中で相談を受けた建築家の伊藤 悠さんは「それでは期待通りの結果を得られない」と、別の改修を提案する。伊藤さんはどんなことに気づき、どのような空間をつくったのだろうか?

【注文住宅の事例集】NY風 一戸建て 大田区 小嶋良一さん
週に一度は映画を見るのが日課となっているご夫婦。スクリーンを通して、あらゆる地域の多様な暮らしを目にしていたが、とりわけParisやNYのライフスタイルに強く惹かれていた。二人が求めたのは、機能を満たす箱ではなく、趣のある空気感だった。

完成してからがはじまり 時間をかけてつくりこむ家
家が完成するとはどういう状態だろう。工事が終わったとき? 引っ越しを終えたとき? それとも、住む人が思い描いた暮らしができるようになったとき? もしかしたら、家には完成という言葉はそぐわないのかもしれない。そう思わせる建築家が、N.A.O代表の加藤直樹さん。加藤さんが設計したHOUSE Kに迫ります。

モダンと暮らしやすさを両立した、自然と人が集まる家

常識を疑え! 北?に開いたリビング、屋内?にもなる縁側
"南向き信仰"が根強い日本では、家を建てるとなると、多くの人が当然のように“南向きの大開口”をイメージすると思う。でも、敷地条件や設計の工夫次第では南に大開口を設けなくても、明るさも風通しも申し分のない家が出来る。里山のふもとに佇むU氏邸は、そんな当たり前のことを改めて教えてくれる家でした。

小さな要望から本音を引き出す!家族を幸せにした家づくりとは?
Oさんご夫婦の明確な要望は、ふとんを外に干したいという1点のみ。でも、きっと言葉になっていないだけだろうと、建築家の樋口さんは家の話を続けました。Oさんご家族にとって心地よい空間に欠かせないもの、それは「気配」でした。

景観保護と個人の思い。工事段取りと深い観察で結びつけた和の家
ご高齢のOさん姉妹が新築を思い立ったちょうどその頃、桐生市では町並保存の計画を本格始動させていました。街並を統一したい市と思い描いていた家をつくりたいOさん姉妹、それぞれの考えをふまえて、ひとつの家のかたちに決めるには関係者の意見を整理してかみ合わせる必要がありました。









