
借景の桜と、塔屋から降りてくる光
それぞれの暮らしが重ならない二世帯住宅

田辺 誠史
たなべ まさし
合同会社 TAWs DESIGN
埼玉県 川口市
人と空間が自然環境と交感し、心身共に幸福感で満たされること。日々の生活の営みが、豊かなつながりを育む場になること。伝統や文化を現代のライフスタイルで解釈しながら、ここにしかない価値を創出し、豊かな暮らしへ繋がる場をデザインしたいと考えています。
初日で「任せる」と決めた施主と
将来まで見据えて応えた建築家
この家を手掛けたのは、TAWs DESIGNの田辺さん。ある日、田辺さんの事務所のウェブサイトに、問い合わせフォームから連絡が届いた。それが施主であるNさんとの最初の接点である。
「会ったその日に、依頼が決まり嬉しいとともに驚いたこと覚えています」と田辺さん。
驚くのも無理はない。この段階では、話をしただけでプランも図面も何ひとつ出していない。しかも「土地探しから一緒にお願いしたい」との依頼だった。後になって聞けば、Nさんは候補として他にも2、3人の設計者を挙げていたというが、初日に「この人になら任せられる」と思ったのだろう。
「Nさんは、表面的なデザインをしすぎる家はいらない、とおっしゃっていました」と田辺さん。ハウスメーカーははじめから選択肢になく、しっかり取り組んでくれる設計事務所に依頼する。判断の基準がはっきりしている人だったのだ。
Nさんご一家は、70代のご夫婦と娘さんの3人が住む二世帯住宅を希望されていた。
こうして田辺さんと協働している不動産会社のアラウンドアーキテクチャーを交え、土地探しから始まった。何ヶ所か候補を回ったものの、全員が納得できるものには出会えない。決め手に欠ける状態がしばらく続いた。
そこにポッと現れたのが、この岩槻の土地だった。
「連絡をもらい、Googleで見て、これはいいぞと思いました。とりあえず押さえましょう、と伝えました」と田辺さん。全員の予定を合わせて見に行く時間も惜しく、まず仮押さえをしてもらい、それぞれが自分のタイミングで足を運んだ。結果は満場一致だった。
Nさんご一家は普段車に乗らず、通勤もない。駅から近い必要はなく、スーパーや飲食店が徒歩圏にあれば十分だった。その条件にこの場所は合っていた。さらに整形地で、三方が道路と駐車場という立地。住宅地でありながら、建物が迫ってこない。
そして決定的だったのが、東側だ。隣接する学校の校庭に、立派な桜の木が4、5本立っていた。ご家族は全員、桜が好きだった。1階からも2階からも、この桜並木を望める。そういう家にできる土地だった。
「実際に土地を見た瞬間に、この借景を活かそうと決意しました」と田辺さん。ヒアリングを通じてご一家の好みを把握していたからこそ、現地に立った瞬間にそう思えたのだろう。
土地が決まり、いよいよプランニングに入る。ところがここで、田辺さんは難問に直面することになる。
Nさんご夫妻は、今の住まいの動線や配置を変えたくないという希望だったのだ。「新しい家になったら新しい生活をはじめたい」と考える施主は多い。だがNさんの場合は逆だった。長い時間をかけて築き上げてきた暮らし方を崩さず、いかに新しい環境で同じように実現するか。それが課題になった。しかも場所は変わり、マンションから戸建てへと形も変わる。同じものをそのまま移設できるわけではない。
元々の住まいの動線を考慮した中庭のある案や新しい試みを盛り込んだ案など、田辺さんは複数のプランを提案した。このプランならこういう動線になり、こういう生活になる。ただしコストはこう変わる。そうした説明を重ねた末に選ばれたのは、今までの生活に最も近く、コンパクトにまとめた案だった。
1階がご夫婦、2階が娘さんの住まいの完全独立型二世帯住宅。世帯間の接点は最小限とし、上下階の生活があまり重ならないゾーニングとした。もともとご一家はマンション内で別々の住戸に暮らしており、それぞれが独立した生活を送ってきた。実家に同居するのとは事情が違う。互いの適度な距離感を保つことは、はじめから前提だった。
ゾーニングが固まっていく中で、田辺さんはある提案をした。将来、1階を賃貸に出せるようにしたらどうか?というもの。
年月を重ね、いずれ住戸のどちらかが空き家になる可能性がある。学校が近く、住環境の良いこの場所であれば賃貸の需要は見込める。Nさんの反応は、「いいと思います」だったという。
ここまでは平面図の上での検討である。そして日射のシミュレーションを行った時に、懸念点が浮かび上がった。
娘さんは自宅で仕事をしており、午後から夜遅くまで活動し、昼過ぎまで休むという生活リズムを持っていた。一方、建物の正面は南東を向いている。平面上の関係で、2階のLDKには娘さんが起きて過ごす時間帯に陽が差し込まない。暗くはないが、直射日光は入らないのだ。
「これだけ良い環境なのに陽が入らないのは、どうしても許せなかった」と田辺さん。
普通に考えれば、仕方がないで終わる話である。娘さんから要望が出たわけでもない。それでも田辺さんは納得できなかった。一度は平面をすべて組み直すことも考えたというが、それも違うと判断する。「何かいい方法はないか」田辺さんは思案を続けた。
こうして生まれたのが、塔屋だった。
屋根の上に小さな塔状のボリュームを載せ、南と北に高窓を設ける。しかも、平面に対してあえて45度振る。こうすることで、南からの光を効果的に取り込めるようになった。床に直射日光が落ちるわけではない。壁を伝って回り込んでくる光の移ろいを、室内で感じ取れる。さらに、2階に2層吹き抜けのような高天井ができ、開放感も得られる。
塔屋にはさらにもうひとつの役割もある。2階は熱がこもりやすい。高窓をリモコンで開閉できるようにし、多少の雨なら吹き込まないよう軒を伸ばした。開け放てば、暖まった空気が上昇して抜けていく。重力換気である。
「Nさんは、ご自分でもよく調べる方でした」と田辺さんは振り返る。田辺さんの提案を受けては持ち帰り、調べ、検討し、数日後に返事をする。形にはなっていなくても、頭の中には理想があったのだろう。
田辺さんの提案に対して後日「わかりました、そうしましょう」と応じてくれたという。その積み重ねで、プランが煮詰められていった。塔屋もまた、Nさんが求めたものではない。求めていなかったものが差し出され、それが噛み合ったのだ。
窓を高くして桜だけを切り取った1階
45度振った塔屋が光と風を運ぶ2階
外壁は薄いグレーの左官仕上げ、屋根はガルバリウム鋼板。住宅地に建ちながら、周囲の家が迫ってこない環境に、ゆったりと構えている。
南側から眺めると、左右で高さが違い、前後の出っ張りも揃っていないことがわかる。四角い箱がひとつ建っているのではなく、いくつかのボリュームが組み合わされたような姿だ。
これには理由がある。機能や法規をそのまま素直に立ち上げると、形のバランスが崩れてしまうのだ。斜線制限があり、置き床のぶん2階に高さが必要になり、木造にしては背が高くなる。その圧迫感をどう軽減するか。
「どこをどうすればいいのか、相当悩みました」と田辺さん。模型をいくつも作り、検証を重ねたという。
行き着いたのが、屋根と軒の操作だった。南に出る軒だけでなく、東西に伸びるケラバも長めに伸ばす。さらに東側の1階を、出窓のように少し前へ出す。こうして高さと水平のデコボコを整えた。歴史のある建物のようでもあり、どこかハイカラでもある。和と洋が入り混じった、独特の佇まいだ。
ただし軒の長さは、見た目だけで決まっているわけではない。階高の高い東側は窓と軒が離れるぶん、軒を前に出さなければ日差しを遮れない。夏の日射は遮り、冬の日射は取り込む。そのバランスを取りながら、一箇所ずつ寸法が決められている。
そして屋根の上には、45度振った塔屋が頭を出している。
玄関には扉が2つ。1階と2階、それぞれの住まいへの入口だ。中に入れば、もう1枚、木製扉がある。こちらは世帯どうしが行き来するための扉。将来この枠を外して壁にすれば、この家は長屋として成立する。
その木製扉には、両側から鍵をかけられるようにしてある。壁にせず、扉はあるが開けられない状態で残す。そんな使い方も想定されている。
1階は、ご夫婦の住まい。
床は県産材のフローリング、壁は漆喰。道路側の角にある和室には、以前の住まいで使っていたものと同じ畳を入れた。メーカーまで揃えている。梁を見せた天井とあわせて、飾り気のない、柔らかな空間になった。
リビングに立つと、東側の壁の高い位置に窓が並んでいるのが目に入る。その向こうに見えるのは、校庭の緑だ。
この窓の高さは、綿密に検討された結果である。桜は、花が咲くのも葉が茂るのも木の上のほうだ。ならば下は見る必要がない。同時に、下を開ければ校庭からの人の視線がぶつかり、防犯上の不安も生まれる。見たいものだけを見せ、見せたくないものは見せない。そのために窓は高い位置に置かれ、この1階だけ階高が高く取られている。内装工事中に現場の人が、「桜が一面に見えた」と話していたという。
一方、西側は西日対策とプライバシーを考えて、窓を最小限に抑えた。
リビングの隣は洋室で、間仕切りの扉は普段開け放っている。テレビはリビングと洋室にそれぞれ1台。日中、ご夫婦は別々の番組を見るのだという。
キッチンとバックカウンターはメーカーの既製品を、奥様が中心になって選んだ。玄関からパントリーを通ってキッチンへ、そしてリビングへも抜けられる回遊動線は、以前の住まいの動線を引き継いだものだ。
娘さんの住居である2階へ進む。
リビングの中心付近に45度振った塔屋の大きな吹き抜け。現しにした桧材の構造用合板の天井も相まって、1階とはまた違った開放感だ。窓は南と北の2か所。リモコンで開閉できる。この窓から、光が入り込み、白壁に反射して全体を明るく照らす。平面図を見ているだけでは、この空間はまったく想像できない。
「実際の光の入り方が、シミュレーションとほぼ同じでした」と田辺さん。効いていたのは光だけではなかった。引っ越しから1ヶ月ほど経った頃、暑い日が続いた時期に現地を訪れた田辺さんは、それまでとの違いをはっきり感じたという。塔屋を開けておくと、2階の空気がまるで違う。多少の雨なら吹き込まないので、開け放したままにできる。
「塔屋から光を入れるだけじゃなくて、重力換気で空気を抜くというのが、思っていた以上に効いていました」
東側の窓の外には、1階と同じく校庭の緑が広がり桜も望める。
その東側の壁に沿って、造作の収納が並ぶ。ダイニングテーブルは、自宅で仕事をする娘さんの作業台でもある。同じ空間でくつろぐ時間も過ごすため、仕事とプライベートが重なってしまう。
そこで、扉付きの収納に加えて、キャスター付きの引き出しを組み込んだ。プリンターやシュレッダーは電源をつないだまま中に収まっていて、使うときだけ手元に引き出せる。仕事が終われば、押し込んで扉を閉じる。仕事の気配を消すための造作である。
寝室、WIC、洗面室はコンパクトにまとめた。洗面室にはガス衣類乾燥機を置き、乾かした衣類をそのまましまえる。家事の動線を極力短くする配置だ。
この家の断熱等級は6、UA値は0.44、C値は0.40を確保している。光と風の設計が効くのは、器そのものの性能が高いからでもある。
竣工後、この家を訪れた人は一様に驚くという。友人や親族、オープンハウスに来た人たち。驚きの中身は、室内環境の良さと、塔屋がもたらす空間の広がりだ。
Nさんからも、こんなコメントが届いている。「断熱性能をしっかり確保したことで、温度変化が極めて少なく安定した室内環境になっている」「校庭の桜の木から射し込む朝日が、漆喰仕上げの壁面に映り込みとても心地良い」「塔屋に設けた換気窓のおかげで、2階でも通風・換気・採光がとても気持ち良い」「県産材の床材がとても心地良く、香りも良い」などなど。
土地探しから始まったこのプロジェクトについて、田辺さんはこう振り返る。
「すべて良い方向に行ったプロジェクトだと思っています」
住む場所も、資金の計画も、設計も、施工も、すべてをつなげながら積み上げていった。何から始めれば良いかわからない、土地も決まっていない。そんな状態から、田辺さんは将来の賃貸転用に塔屋と、Nさんが思ってもいなかった選択肢をいくつも形にしていった。
建築家に家づくりを依頼する醍醐味の1つは、自分たちの予想を超える提案をしてもらえること。田辺さんはまさに、その醍醐味を味わわせてくれる建築家の1人だ。理想の家をつくりたいならば、Nさんのように田辺さんを信じることから始めてはいかがだろう。
撮影者:工藤 裕之
間取り図
基本データ
| 作品名 | 借景を活かした2世帯の住まい |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県さいたま市 |
| 敷地面積 | 132.14㎡ |
| 延床面積 | 131.67㎡ |
| 家族構成 | 夫婦+子ども |
| 施主 | N邸 |
設計者情報
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