
土地の文化や歴史を継承し、次世代へ。
阪神間モダニズムを継ぐ住まいと音楽サロン
高低差のある敷地の地形を変えずに建て替え
土地の持つ記憶を継承する自宅兼サロン
コンサートサロンはグランドピアノを用いての2台ピアノ形式の演奏も可能。神戸のサロン文化を支える、新たな拠点が誕生した。
お施主さま夫妻が設計を依頼したのは、株式会社seki.designの石憲明さんだ。建て替え前は、敷地の中央に長方形に建物が配置され、両側に庭というごく一般的なスタイルの住宅だったとのこと。石さんはこの以前の状態を見て、クリアすべきポイントがいくつかあると感じたという。まず両側にある細長い庭が機能していないこと、家の正面に大きな建物があり、景観や視界の抜けがいまいちなこと。加えて、家の裏はマンションがあり、上階から見下ろされるためプライバシーを守りにくいという点もあった。
また、古くからこの場所にお住まいだったお施主さまは「この土地が持つ記憶を継承したい」という要望もお持ちだった。そこで石さんは、歴史を刻んできた石垣や、それによりできた土地の高低差などを極力生かし、地形を大きく変えない建て替えを提案。「それは土地への敬意でもありますし、環境的にも経済的にも最も合理的といえます」と語る。
また、家は角地にあるが、駅までの動線を考慮し門扉や石垣のある駐車場、エントランスへ続く階段などの位置は変えないこととした。こうして、課題を一つひとつ解きながら住まい兼コンサートサロンをつくるプランニングが始まった。
家を奥に寄せ、敷地の角へ視線を伸ばす
豊かな庭も楽しめるコンサートサロン
土地は南北に長く、西・東の両隣に建物がある。ただ、西側においては隣家の高い壁が立っており、プライバシーを守りやすいと判断した。そこで石さんは、まず建物を北に寄せて敷地の南側を空け、その上で南西の角に緑あふれる庭を計画。木々を重ねることで視線を避けるのはもちろん、庭の深さを演出した。
LDK兼音楽ホールの、南西に向けて大開口した窓からはまず広々したデッキが続き、芝生に降りることができる。一層の広さを得るため、石垣を残した駐車場の上にデッキの一部を重ね、さらにそこから続く駐車場の屋根はタイル敷きとした。ところどころに明かり取りの丸い窓が開けられたそのタイル部分までが庭の一部のように認識できるという。サロンを訪れた観客たちが終演後、演奏者とともに庭に出てちょっとした時間を過ごすこともできるだろう。
また、窓が真正面である南ではなく少し横に振れた南西に計画されたことで、向かいの大きな建物を避けつつ、緑豊かな庭を室内から楽しむことが叶えられた。
2階にも1階と同じ場所、角度で窓を計画。2階からはパノラマで景色が広がり、街の夜景も楽しめるという。視線を下げて庭を見れば、駐車場のタイル屋根から丸く漏れる光もやわらかく美しい。建て替え前とはまったく違う、家と庭の新しい関係が生まれた。
素材にも、デザインにも、加工にもこだわる
日常と非日常を切り替える設え
家の間取りはこうだ。1階にLDK兼音楽ホール、控室を兼ねた和室とアルコーブ。他にはゲスト用の水回りを配置した。2台あるピアノのうちの1台を収納する納戸や、サロン時に使用する椅子などをしまう階段下収納なども設けている。2階には寝室と、お施主さま用の水回りなどプライベートな居室を計画した。
生活に必要であるが生活感が出やすいテレビは、収納の中に設置。収納は壁面として空間に馴染むようデザインされており、閉じるとまったく気配が消えてしまう。同じようにキッチンも引き戸とロールスクリーンで隠すことができ、演奏会の日はサロンに、翌日にはご夫婦の静かな住まいへと、空間を切り替えられる。
この家のシンボルとなっているのは、1階のサロンから2階へ抜ける、最大高さ7mの楕円形の吹き抜けだ。旧宅でも吹き抜けを通して家中に音楽が満ちていたといい、その記憶を受け継ぐかたちでもある。見下ろしながら演奏に耳を傾けられる2階は、まさに特等席。このサロンならではの体験だ。また、1階と同じように2階の各居室への扉は壁と見紛うデザインで計画。コンサートサロンとして使用時は徹底的にプライベートな雰囲気を排除できるようにした。
例えば庭に向かう大開口の両袖の壁は、職人の手によって一枚一枚積み上げられた石積み。通りに面した門扉にも同じ石積みを施し、街に開く門と庭に開く窓とが呼応するよう計画した。両袖の石積みとその先の庭は、演奏会の日には舞台の背景となる。凹凸や石それぞれの色の揺れの組み合わせなど、その場で一からつくり上げたからこそ感じられる贅沢さと重厚さがある。
ほかにも、吹き抜け上の天井に施された細工や、繊細な加工が印象的な照明が上質な空間を引き立てている。奥さまのご要望から生まれたアルコーブは、その佇まいからバルーンカーテンまでこれぞ神戸の洋館、といった雰囲気。演者の控室としてだけでなく、普段の生活の中でゆったりと寛ぐのにもうってつけの場所ができた。
さらに、この大きな吹き抜けや、不整形な室内、石積みの自然な凹凸、異なる素材を組み合わせた室内の設えは日々の暮らしを彩るだけでなく、演奏時においても大きな役割を果たしているという。音の吸収と反射がランダムになることで、優れた音響環境が得られたのだそうだ。
外観も「新しいだけでは、この場所に似合わないですよね。阪神間モダニズムの装飾性と知性を現代的に再構築することを意識しました」と石さんが語る通り、洋風を基調に和の意匠をさりげなく取り入れた、神戸の洋館らしい佇まい。来場する人たちは、このサロンに足を踏み入れるその前から期待に胸が高まることだろう。「音響がとても良い。より広く、よりコンサート向けの空間に生まれ変わった。多くの人が集まって、新しい門出をお祝いしてくれた」とお施主さま。この場所から、また新たなサロン文化の歴史が紡がれていくのだろう。
撮影者:福澤 昭嘉(Akiyoshi Fukuzawa)氏
基本データ
| 作品名 | 神戸コンサートサロン 記憶と未来を重ねる家 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県神戸市 |
| 敷地面積 | 543.03㎡ |
| 延床面積 | 299.80㎡ |
| 家族構成 | 夫婦 |
設計者情報
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