建築家と共に楽しんだ家づくりで
家族一緒も個々も愉しい居場所がたくさん
だが、このプロジェクトの真髄はそこだけではない。
実は今回取材した施主世帯に加え、母と妹が住むもう1棟を同時に建築。さらに、各棟に賃貸スペースを有する、極めて難易度の高い計画。家族の絆と賃貸経営を両立させた壮大な挑戦に迫る。
賃貸スペースを有する住宅を2棟同時に実現
経験豊富な建築家との幸運な出会い
今回取材したI邸(兄宅)のすぐ隣には、Iさんのお母様と妹さんが住む家が並び建つ。そしてこの2棟の家は、それぞれ一部が賃貸住戸となっている。つまりこの2棟はそれぞれ賃貸併用住宅なのだ。お住まいの玄関は、それぞれ南道路に向いているが、この敷地は、北道路にも面している。賃貸スペースの入口は北道路側とし、それぞれの暮らしにも配慮されている。
賃貸併用かつ2所帯の住宅というと、1つの建物の中に2つのオーナー住戸と、いくつかの賃貸住宅を設けるというパターンが、効率は良いだろう。
しかしI邸はあえて敷地を2分割し、2棟の建物とした。これには大きな理由がある。
「もともとここは実家である母屋と、別棟のアパートが建っていました。父が亡くなり、将来の相続も見据え、土地をちょうど半分に分割し、私たち家族が住む棟と、母と妹が住む棟という、それぞれに賃貸スペースをもたせる2棟構成で建て替えることしました」とIさん。
この案件を手掛けたのは、飽きの来ないシンプルさと美しさ、そして快適性と実用性を兼ね備えた、住み心地の良い家をつくることに定評のある建築家、松本直子さん。
「松本さんに出会う前は、ハウスメーカーや他の建築家にアプローチしたこともありましたが、いまいちピンときませんでした。そんな中、妹が『家づくりの会』で知り合った、松本さんを提案してきたのです。過去に手掛けられた家の作品性に惚れたのと、お会いしたときのフィーリングが私たちと合いそうだと感じて、松本さんに依頼をすることにしました」とIさんは語る。
住宅を多く手掛ける建築家の中でも、賃貸併用住宅を手掛けられる建築家はそう多くはない。それは施主の要望に応えるだけでなく、入居者ニーズや収益性を同時に満たし、さらには賃貸部分とオーナー住戸との関係性にまで気を配る必要があるから。なかなか一朝一夕に手掛け、成功に導けるものではない。しかもこの案件では、Iさんご家族と、お母様・妹さんという異なる施主の要望を満たしつつ、一定の統一感ももたせたい。なんと複雑な案件なことだろう。
過去に手掛けていた案件の作品性などから「フィーリングが合いそう」と松本さんにアプローチしたIさん。実は松本さんは、過去にも敷地を2分割してご兄弟世帯で2棟建てるという案件や賃貸併用などの実績があった。Iさんは、知らず知らずのうちに最良の選択をしていたのだ。
こうしてIさんご家族の家づくりがスタートした。
Iさんと松本さんとの出会いが「僥倖だった」といえる要素は他にもある。
それは、松本さんが「施主に寄り添い、施主と共に家づくりをしていく」ことを大事にしている建築家だということ。
「お2人ともに楽しいアイデア満載のご夫婦でした」と松本さんが語るように、Iさんは「こうしたい」「これはどうか?」というイメージがたくさんあり、中には「自分で塗りたい」とモールテックス(防水性左官塗料)のサンプルを体験したこともあるなど、いわば「家づくりのプロセスも楽しみたい」ご夫婦だった。
建築家の中には「建築家に委ねてほしい」というタイプの人もいる。それ自体を一概に否定するものではない。一方松本さんは、施主からの要望やアイデアに「それいいですね。やりましょう!」と返したり「それなら、こういう実現の方法はどうですか?」と施主の予想を上回るアイデアを提示したりしながら、全体のバランスを見ることを楽しむ建築家でもある。
この出会いがあったからこそ、完成した建物だけでなく、出来上がるまでのプロセスにも大満足の家づくりになったといえる。
薪ストーブにセカンドリビングetc…
夫婦のアイデアが形になった住まい
アプローチを進み玄関に入ると、そこは自然素材の塗料で塗られた白壁と、オークのフローリングの温かみのある空間。夫婦で選んだという豆砂利の洗い出し仕上げの白い土間には、豆砂利に加えてご家族自ら天然石を散りばめたという。この玄関には、扉のついたいわゆる下駄箱はなく、日常的に履く靴がオープンに整然と並べられている。また、正面の引戸は、階段へ通り抜けられるクローゼットとなっている。お出かけ前後の着替えだけでなく、日常の雑多な物置を兼ねていて、抜群の使い勝手だ。この玄関からすでに、ご家族のこだわりの一端が垣間見える。
ポリカーボネートの引戸を開け室内に入る。室内は1階が広々としたLDK。2階にセカンドリビングと3つの個室にファミリークローゼット、さらには壁を隔てて賃貸住戸を配した。そしてロフトには2つの個室といった構成。吹き抜けを介して、違うフロアにいても気配が共有されるという。部屋の仕切りは全て引戸とし、収納も適材適所にまとめた。キッチンも回遊型、ランドリー関連も1か所でまとめられ抜群の家事動線を実現。また、住宅密集地でありながら、至るところに設けられた窓から光を取り込まれている。
詳細を見ていこう。まずは奥行きがあり広々としたLDK。
リビング南側には吹き抜けを配し、1階2階ともに大開口を確保した。大開口でありながら、道路側に対しては、板塀とベランダを設置することでプライバシーにも配慮。リビングに効果的に陽だまりを生み出した。
1階の大開口は大きな木製サッシ。視線の先には出迎えてくれた木々が生い茂り、季節に応じた色合いで目を楽しませてくれる。また、窓の外のデッキはリビングの延長ともなる。「隣との行き来は、ほとんどこのデッキ経由です」とIさんは語る。
さらにこの吹き抜けの片隅には鋼鉄製の薪ストーブ。Iさんが友人から勧められて導入したのだという。煙突は、2階の天井まで一直線に伸びる。「いつかこのストーブで、ピザを焼いてみたいと思っています」とIさん。家や人を暖め、炎の揺らめきに癒され、さらに味覚をも満足させる薪ストーブの存在はプライスレスだ。
視線を反対に向けると、1枚板の大きなダイニングテーブル。このテーブルの上部には、南側とは違った細長い吹き抜けの高窓から光が降り注ぐ。サブリビングにいる家族の気配も感じられるという。
さらに奥には、無垢のステンレスの天板をもつ造作キッチンがある。回遊できつつ、家族皆が手を出しやすいアイランド型だ。対面側は、スツールを置いて食事をとることも可能。
ゴミ箱の置き方や、例えば引き出しは「大きいボトルを良く使うから、引き出しの上のほうに入れたい」などなど、「こんな形やこういうもの」というご夫婦の絵をもとに、松本さんが造作して実現した。既製品では叶わなかったであろう、「抜群の使いやすさ」とのこと。
「料理好きの友人が『ここで料理がしたい!』といって、ウチで料理をつくってくれたこともあります」と奥様。自分が日々感じている使い勝手の良さを、ご友人も共感してくれたことは、ご夫婦にとっても誇らしい気持ちになったに違いない。
「私も新しい家に来てから、より料理がしたくなりました。料理がしたくなると、器にもこだわりたくなったんです」とIさんは語る。
キッチンをさらに奥へ進むと、奥様の基地というべきラボスペースがある。自家製ハーブでアロマをブレンドする場として活用。「いつかこの家で、アロマのスクールを開きたいんです」と奥様は夢を語る。
また、キッチンの右奥は、まとまった土間収納スペースがあり、その先は北道路に面したガレージにつながる勝手口となっている。前述のとおり、賃貸住戸部分へのエントランスは、このガレージ側にあり、家族の動線とは完全に切り離されているという。
2階へ上がる階段の下には、スペースを有効活用したヌックを配した。天井も低く抑えられソファマットも設えられている。寝転んだりゲームをしたりできる特別な籠りスペースだ。
2階へ上がると、そこにあるのは、第二のリビングともいえる多目的空間。ハンモックにライトなソファー、2.5mの造作デスクや本棚、ランドリーや作業台、大きな姿見、洗面台もある。
「家族が部屋に籠るのではなく、皆で集まれる場がほしいという」奥様の思いに応えたスペース。1階のリビングが来客も想定されるパブリックなものだとしたら、この2階リビングは、プライベート用といったところだろうか。「風呂上りにみんなでのんびり過ごす場でもあり、私が家事などをする場でもあります」と奥様。
南側の吹き抜けは、ちょうどリビングのソファーの直上にあり、2階から1階を見下ろせるのもこのスペースの楽しさの1つだ。
また南側は人工芝を敷いたベランダとなっている。お風呂場からこのベランダの空が見え、露天風呂気分も味わえるのだとか。
この新しい家での暮らしに「息子は、いろんなところを居場所にしています」「娘が友人を連れてくるようになりました」と、家族の中でも暮らしが豊かになる変化があったようだ。
家族の関係という点では、もう1棟のお母様・妹さんとの関係も程よい距離感での付き合いができているという。お互いに独立した生活を営みながらも、在宅・不在が感じられたり、お料理のおすそ分けで行き来したりが度々あるのだとか。
「お互いに楽しみながら家づくりができたと感じています」と松本さん。
Iさん自身も、引き渡し時で家づくりが終了したのではなく、庭の水やり装置を設置したり「次はここをやってみようかな?」と、手を入れることで今も家づくりを楽しんでいる様子。
松本さんはこれからも、施主と寄り添い、理想の家づくりを実現していく。
基本データ
| 作品名 | サクラノキ |
|---|---|
| 所在地 | 東京都練馬区 |
| 敷地面積 | 兄棟 176.15㎡ 妹棟176.17㎡ |
| 延床面積 | 兄棟 176.13㎡ 妹棟170.89㎡ |
| 施主 | Iさん |
設計者情報
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